私を嫌っていた冷徹魔導士が魅了の魔法にかかった結果、なぜか私にだけ愛を囁く

 十分ほどして大きな邸宅の前にやってくる。
 玄関のノッカーを鳴らすと、すぐにクリシィール家の執事、セバスが出て来た。

「これは、ジュリア様。こんばんは」
「こんばんは。こんなに夜遅く訪ねてきて、ごめんなさい。ギルから何か聞いている?」
「はい。ジュリア様がいらっしゃるだろうが決して屋敷に入れるな、と厳命されております」
「女性との接触は?」
「はい?」
「使用人でも何でも、ギルは女性と接触してないわよね」
「……しておりませんが」

 ほっと胸を撫で下ろす。もちろんギルフォードも自分がおかれている状況はよく分かっているだろうから、そんな軽率な真似はしないだろう。

「なら、女性は近づけないように。それから中に入れて。強引に押し通ったっていうことにして。お願い」
「……かしこまりました。ですが、そのような嘘は必要ございません。私がお入れしたということにします」
「そういうわけには……」
「いいえ。こうしてジュリア様が屋敷を訪ねてきていただいたのは本当に久しぶりのことですから嬉しゅうございます」
「セバス……それじゃ、御言葉に甘えさせてもらうわね」

 こうしてギルフォードの邸宅を訪ねるのは本当に久しぶりだ。
 彼は今この広い邸宅で使用人たちと暮らしている。

 両親は彼が十五歳の時に流行病で亡くなっていた。
 その時はギルフォードとの関係が悪化したとで、父親がクリシィール家に行くのはまかり成らんと軟禁したため、お葬式に行くこともできなかった。

「こちらでございます」

 セバスが手燭で足元を照らしてくれながら二階の突き当たりの部屋まで案内してくれる。

「私から声をおかけしますか?」
「いいえ。ここまでで。ありがとう」
「失礼いたします」

 セバスはにこやかに微笑みながら去って行く。
 ジュリアはノックをする。

「ギル、私よ」

 舌打ちが聞こえた。

「セバスのやつ」
「彼は悪くない。私が彼を昏倒させて、無理矢理押し入ったのよ」
「嘘をつくな。お前がそんなことをする訳がない」
「さんざん悪態をついている割りに、そういうところへの信頼は揺らいでないのね」

 思わず口元が緩んだ。

「…………」
「ここを開けて」
「さっきのことを忘れたのか。それとも、俺に押し倒されたいのか?」
「さっきは私も不意を突かれたけど、今度はあんなあっさりいかないわよ。お願い。話をさせて」
「……話ならここで出来るだろう」

 ギルフォードはさっきのようにジュリアを抱きしてしまうことを心配しているのかもしれない。

「分かった。それじゃ話すわ。これから、マッケナンさんが戻って来るまで、あなたのサポートをするわ」

 ガタン、と部屋で大きな音がした。

「どうしてそうなる!」
「あなたは今、魅了魔法に憑かれてるのよ。国の英雄の一人であるあなたが誰彼構わず女性を襲うなんてことになったら国は大混乱よ。私はあなたの友人として、そういう事態を防ぎたいの」
「必要ない。さっさと帰れ」
「断るわ。それじゃ、また明日」
「おい、待て」

 扉ごしにかけられる唸り声を背に、ジュリアはセバスに事の次第を話す。
 彼は屋敷を取り仕切る立場である以上、知っておいてもらわないといけない。
 もちろん、危うく唇を奪われそうになったことは伏せた。

「そんなことが……。かしこまりました。では、ジュリア様は客間をお使い下さい。メイドたちにはしばらく自宅待機を命じます」
「こんな夜更けに色々とごめんなさい」
「いいえ。それよりも必要なものがございましたら、遠慮せず仰ってください」
「ありがとう」

 というわけで、客間をあてがってもらえる。
 ベッドに腰かけると、軍服と軍靴を脱ぐ。
 シャワーは朝浴びればいいかと思い、そのままベッドに潜り込む。

 ――私がしっかりサポートして、ギルの軍での評価が落ちないようにしないと!

 ジュリアは拳を握り締め、決意した。