「ヨォ」



ガラス戸を出た先に彼が立っていた


完璧に油断していた


今の今まで院長と話していたのに一体何の術を使ったのだろうか


予想外の出現に心臓が早打ちする私を知ってか知らずか


口元を緩めた彼は数歩近づいて私の手を取った


「・・・っ」


「治ったか?」


「?」


緊張し過ぎて何のことか分からず、握られた手に意識が向かう


袖口を捲られた途端、あの夜を思い出した


「もう、大丈夫です」


「湿布、貼ってるのにか?」


「これは日にち薬なので」


「そうか」


話は終わりかと思ったのに、握られた手が離れない


「・・・あの」


恐る恐る声をかけてみる

それに一瞬眉を寄せたかに見えた彼は


「ダメだ」


低い声とともに僅かに首を振った


「・・・?」ダメ?


「離すな」


「・・・」は?


「心配しているのに手を離すとか非常識だろ」


「・・・」


手を離したら非常識?


「・・・」


沢山湧いてくる疑問も夜を背負うような彼の雰囲気に飲み込まれそう


だからと言って無理矢理手を離す?


悩む私に彼はもう一歩近づいた


・・・・・・?この匂い


仄かな香りに気づいてマジマジと顔を見上げる


「離すな」


もう一度かけられた圧に・・・負けた


「・・・はい」


そして


その手は指を絡めて繋がれた


いやいやいやいやいや


「これは、やり過ぎ。でしょう」


「そうか?」


口元が笑っているように見えるから、これも単なる冗談なのかも


・・・それにしても


何度目かでやっと気づいた


彼とヒロの香水は同じだ


海を感じさせるような爽やかな香り


でも・・・二人はあまりに違い過ぎる


「・・・ぁ」


「ん?」


別人だと確かめたくて

繋がれている右手をクルリと捻った


彼の左手にはヒロが薬指に貼っている絆創膏はなくて、代わりに幅の太いシルバーの指輪が光っていた



・・・違う?本当に?



「どうした?」


ヒロはこんなに低い声じゃない


「黙ってると分かんねぇ」


ヒロはこんな喋り方でもない


「いえ、なんでもありません」


ヒロと比べてばかりいる自分にハッとして


会話はこれで終わりとばかりに強い声を出し


「ご心配をおかけしました」


丁寧に頭を下げた