ピンポーン


インターフォンに映る顔を確認して玄関を開けた


「こんにちは、オネエサン」


ヒロが来るのはいつも突然なんだけど
指切り以来のヒロに一瞬、顔が強張った


「ん〜?どうしたの?オネエサン」


それに目ざとく気づくからヒロは侮れない


「・・・っ。ううん。なんでもないよ?」


こんな時“お姉さん”なんだから余裕を見せなきゃって思うのに


僅かにヒロの不機嫌さを読み取ったことで、疚しくもないのに慌ててしまった


「なんか美味しい匂いがしてるから、引き寄せられた」


イケメンが笑顔でお腹を押さえるとか、堪えられる人がいるだろうか?


「作り置きの真っ最中なの。食べる?」


「もちろん」


サァどうぞ、なんてラフな格好のヒロを招き入れる


今日は深い色のジーンズにVネックの黒いTシャツを合わせたシンプルなスタイルなのに

手脚が長いこともあってモデルみたい


ヒロはカウンターにある椅子に腰掛けると中を覗き込んだ


「凄いね」


「そう、かな?」


大学生の頃はキャンパスが僻地にあったから外食なんて滅多になくて

必然的に自炊がメインになった


一人分を作る手間を考えると、多めに作って小分け冷凍するのが節約にも繋がったから

暇があればストック用の料理をするのが時間の有効活用だった


「えっとね、カレーと牛丼とグラタンでしょ。それから和定食も作れるよ?」


「和定食?」


牛丼用の薄切り肉には牛蒡を入れたから

肉うどんにもなるし、おかずにもなる

ついでに筑前煮や鮭も焼いたから、後は汁物を考えるだけで良い


料理の説明をするとヒロは俯いた


それが酷く泣きそうな顔に見えて


「ヒロ?」


キッチンを出てヒロの肩に手を置いた


一瞬、震えたように感じた肩


次の瞬間には満面の笑みで顔を上げた


「オネエサン。大好き」


その勢いに覗き込んでいた顔を反らす


キラキラした笑顔を振り撒いて“大好き”とか・・・


この子はタチが悪過ぎる


「はいはい。ありがとう」


早打ちする心臓を落ち着かせるために早足でキッチンに戻った