カラン
背後で扉が開いた
杉田さんの視線が私の背後に移る
「おっ、いらっしゃい」
「あぁ」
入ってきたお客さんは私の隣の席に大きな鞄を置いて、ひとつ離れた席に座った
「あ〜疲れた」
両手を挙げて伸びをする様子に僅かに顔を向けるとヨレたシャツに髪はボサボサ、無精髭まで生やした男性が見えた
「コーヒー」
「畏まりました」
「なに気取ってんの?」
杉田さんと顔見知りと思われる男性は茶化すようにクスクスと笑う
「若いお客さんが来てるんだから気取らせてくれよ」
二人の会話を聞きながらカウンターの上に置いたままの求人票に手を伸ばす
邪魔になるといけないからバッグに片付けようとした求人票を掴まれた
「・・・っ」
いきなりのことに動揺する私と
「おいっ、手を離せ」
カウンターの中から飛び出す勢いの杉田さん
緊張感が走る中、先に動いたのはボサボサ頭の男性だった
「杏珠がなんで此処にいるんだ」
「・・・・・・へ?」
いきなり名前を呼ばれたことに驚いて、椅子を回転させると正面から男性を見る
同じように身体ごと向いてくれたけど
私の記憶の中に名前を呼び捨てにする人が思い浮かばなかった
「忘れたのか」
「・・・」
そう言われても・・・覚えがない
過去の記憶を手繰り寄せようと首を傾げたところで
「お前、髭剃ってこいよ」
カウンターの中から杉田さんが呆れた顔をした
「チッ、しゃーなしな」
顎髭を触りながら「待ってろよ」と男性はカウンター奥に入って行った
「アズちゃんの知り合いとは驚いたな」
杉田さんはヒントもくれずにサイフォンをセットしている
「・・・誰だろう」
南の街の知り合いを思い浮かべたところでヒロしか出てこなかった