カラン


扉を開いた途端、コーヒーの良い匂いに包まれる


視線を先に向けると、カウンターの中でカップを拭いている杉田さんが私に気づいて頬を緩めた


「アズちゃんいらっしゃい」


「こんにちは」


真っ直ぐカウンターに向かうと真ん中の席に座った


「今日もハローワーク?」


杉田さんの視線が私の大きなバッグへと移る


「今日は杉田さんに見て貰おうと思って」


「あ〜、了解」


笑うと目が無くなる優しい表情にホッとした


「コーヒーをお願いします」


「毎度ありがとうございます」


杉田さんは今の私の癒しだ


今回はどんな淹れ方だろうと眺めていると、カウンターに置かれたのは意外なものだった


「ティープレス?」


「あ〜、これは紅茶用じゃなくてコーヒー用の“フレンチプレス”だね」


またひとつ新たな発見をした

ケトルからお湯を注いで置かれたそれを暫し見つめる


「初心者向きだけど、香りが良くて美味しく出来上がるんだよ」


これなら自分でも出来そうだ


温めたカップを「どうぞ」と出してくれた杉田さんは


「手抜き、って訳じゃないからね」


片目を閉じて笑った


「毎回違う淹れ方だから楽しいです」


紙カップに入れるコーヒーと違って贅沢な気持ちになるのは専門店ならでは


更に言えばオススメコーヒーは四百円という破格


今日も貸し切り状態の“喫茶あひ”が少し心配になった


「美味しい」


「だろ?」


ひと口飲んで落ち着いたところで、クリアファイルに挟んだ求人票を取り出した


「お願いします」


両手で杉田さんに手渡すと同じように受け取ってくれた


「条件を絞らないと医療系は無限に出てくるんです」


「そうだな。新聞に掲載してる求人欄は介護と病院が多いもんな」


一枚一枚丁寧に見てくれる杉田さんは見終わるたびカウンターに並べて、たまに左右を入れ替えたりする


「もしかしてランキングにしてます?」


「勘がいいね」


十枚ある求人票はカウンターを占めた