「あやちゃん。て、つなごう」

幼なじみというには少し遠くて、友達というには少し近い。

それが、私と涼の関係だった。

のらりくらりと幼稚園、小学校、中学校が同じで、この春、同じ高校に入学した。

お互いの両親もときどき世間話するくらいで、きっと「これくらいがちょうどいい」という仲。

幼稚園は男女ごちゃまぜで遊ぶのはよくあることで、鬼ごっこで私の手をひいて一緒に逃げてくれた。

今思えば、まだ小さいのに優しくて、頼りがいのある男の子だったなって思う。

私の手をひいてくれた涼の手はやわらかくて、かわいい小さな手。

身長も私とほとんど変わらないくらいだった。

小さい頃からなんとなく好きだったけど、はっきりと自覚したのは、小学校六年生の修学旅行のときかな。

修学旅行と言っても学校に帰ったら事後学習がある行事で、移動教室っていうのが正しいかも。

そのときに泊まった宿で、肝試しをしたんだ。

肝試し担当の児童がいろんなところに待機してて、照明を落とした館内でおどかしてくるの。

班ごとにめぐるわけじゃなくて、肝試し担当の子以外は全員好きに移動するって感じだった。

懐中電灯を持っている子は数人いたけど、子どもの声が聞こえるだけで、あたりは暗くて。

どうしよう、って壁に寄りかかったまま、動けなかった。

いつおどかされるかわからない怖さよりも、真っ暗の中歩くことの方が怖かったんだ。

このまま動かずに、時間が過ぎるのを待とうと思っていたら。

「彩奈」

私とは違うクラスの、涼の声が聞こえた。

「え……」

気のせいかと思った。

「彩奈、大丈夫か?」

気のせいじゃないって気づいた。

 暗い廊下で、声のしたほうに目を凝らす。

涼は私の右側に立って、心配そうに、でも凛々しい顔で私の目を見ていたんだ。

「りょ、涼……? え、なんでこんなとこいるの……?」

(涼って、こんなに背、高かったっけ?)

暗闇の中彼の横顔を見上げたとき、ビックリしたのはそれだけじゃなかった。

 昔は、私のこと「あやちゃん」って呼んでたのに、今、涼は「彩奈」と名前で呼んだからだ。

 昔って言っても、私と涼が幼稚園に通ってたころの話だから、七、八年前くらい前だけど。

 それまでに涼と関わりがなかったわけじゃない。

 でも、幼稚園の頃からこんなにも雰囲気が変わるんだって、ギャップを感じてしまったんだ。

「なんでって、捜したから」

「えっ」

 さらっと言われて、反射的に声が出ちゃった。

「さ、捜してくれたの?」

「うん」

 うん、って。

 そんな当然のように言わないでよ。

「彩奈って、こういう暗いの苦手だろ」

「!」

驚いてかたまっていたら、

「あれ、違った? ごめん、心配になって……」

と、気まずそうに謝られちゃった。

「ううん。そんなことないよ……! ちょっと、怖かった」

心配してくれてありがとう、とだけは言えなくて。

でも、嬉しかった。

「ほんと? 歩ける?」

「たぶん。オバケとかは、大丈夫だから……」

「ははっ、頼りになるね」

「どういう意味よ」

涼は心配してくれるだけじゃなくて、笑わせてくれた。

涼の恋人になる人は幸せだなあ、なんて。

そう思ったのはなんでだろう。

「下の階行くか」

涼はあたりを見回し、階段を指差した。

「行こう」

うん、って返事をしようとしたの。

できなかったのは、涼が私の手を優しくつかんだから。

幼稚園の頃のやわらかさが信じられないくらい、男の子のかたくてまっすぐな手指になっていた。

手が昔とかわってて、どきっとしたんだ。

「涼、手……」

「どうせだれにも見えないよ。いざとなったら離せばいいんだし」

それはそうだけど!

ドギマギしているのは私だけなの? って、階段を下りながらほおをふくらませていた。

すると突然、涼が踊り場で立ち止まって振り返ったんだ。

ほっぺの中の空気を急いで吹き出す。

(く、暗いし、わからなかったよね)

「手、繋ごう」

涼はそう言った。

いつか、鬼ごっこで私の手をひいてくれたときと同じように。

はっきりした意志を感じる声音に、息をするのを忘れそうになった。

下の階の薄明かりが涼の瞳に光を入れて、ゆらゆらと揺れる。

さっき、涼の恋人になる人は幸せだなあって思った理由。

涼の声と優しい手にふれて、確信した。




——私が、涼の恋人になりたいからだ。





その修学旅行以来、涼と話す機会が少し増えた。

高校生となった今、同じ教室で彼の笑う横顔をながめている。

友達よりは親密で、でもあまり話すことはなくて。

幼なじみって感じじゃないけど、心のどこかでとても信頼している、そんな絆がある関係。

こう思っているのは私だけかもしれないけど。

(涼といるときの私は、すごく心地いいの)

ちょっぴり不器用で、人見知りなところがあって、でも私のことを笑わせてくれて。

そして、とても、とても優しい。

あとちょっと。

ほかの誰かに取られそうになるまでは、この想いを育てよう。

いつか、その手を私から繋げる日を信じて。