そのなかでも、最も心に残っていて忘れられない出来事があった。


俺が中学生、彼女が小学生だった。


まだお嬢様と執事ではなかったあの頃。


『紫音くん』 


『なんだよ、若葉また来たのかよ』


彼女は時々、俺の部屋に遊びにくることがあった。

 
だけどその日の俺はすこぶる機嫌が悪くて、彼女に嫌な態度をとってしまった。


母が再婚するために如月家を出ていった日だったから、自分に余裕がなかったんだ。


嫁ぎ先へ一緒に行こうと何度も言ってくれた母は、俺が頑なに拒絶したらとうとう泣き出してしまい辛かった。


母の再婚相手は、この国を代表する有名な会社の経営者一族らしい。


俺みたいなコブ付きで嫁いだら母に迷惑をかけてしまうのは明らか。


それだけは絶対に嫌だ。


悩んだ末に、如月家にこのまま俺1人残って住まわせてもらうことに決めた。


苦労して俺をここまで育ててくれた母には幸せになって欲しかったから。