「えっ…佐藤さん…?」
死んだような目で、扉の奥から出て来た彼女。
そんな彼女と、目が合った。
「えっ…っと…蒼介…だよね?」
「さ、佐藤さん…?」
死んだような目は、いつの間にかいつも俺が見る彼女の目をしていた。
「あれ?どうしたの?具合でも悪くなっちゃった?」
「いや、母さんが働いて、弁当作って持ってきた」
「…え、蒼介、弁当作れるの?」
「はぁ?こんな時まで、意地悪を出すんですか…?」
俺は、少しばかりおちゃらけたつもりだったが、佐藤さんの目は真剣そのものだった。
「…いや、弁当くらい作れるよ」
「そうじゃなくて、それって上手に?」
「上手にって…君に振る舞えるくらいは作れるよ」
言って後悔したが、“君に振る舞える”ということは、振る舞いたいと捉えられたりしないだろうか。
「ねぇ、お願いがあるの」
「え?君から、俺に?」
「そう、とにかくここじゃ話せないから一緒に来て」
俺は、引っ張られるようにファミレスに入った。
「なんでも好きなもの、食べてよ」
「好きな物って…じゃ、お言葉に甘えて」
いつもは、ちょいと高めで食べないハンバーグを注文した。
「佐藤さんは、食べないの?」
食べたそうな目をした彼女が俺の料理を見ていた。
食べたいなら、頼めばいいのに。
「うん、私はいいの」
コーヒーだけを注文した彼女に俺は尋ねた。
「それでさ、お願いって?」
「うーんとね…」
宿題を写させろとか、そんなくだらないお願いかもしれないな…なんて思っていると…。
「私のさ“専属シェフ”になって欲しいの」
「はい?せ、専属シェフ…?」
この人は、一体何を言ってるんだ?
「いやいや、“シェフ”も何も俺、シェフになるまで料理上手くないって…」
「いいの、私を満足させてくれれば」
「だから、なんで俺が満足させなきゃならないの」
「私が、蒼介を見込んだから」
「勝手に、俺を見込むな」
ツッコミどころと馬鹿な会話が続き過ぎて、ハンバーグが来たことにすら気付かなかった。
ジュージューと美味しそうなハンバーグを口に運びながら、彼女に尋ねる。
「で、でも、俺それ何にもメリットないよね?」
「うん、ぜーんぜんないよ」
「え?じゃあ、俺やる必要ないの?」
「でも、約束する。私が、材料費もスタジオ費も全額負担する。各国の美味しいものも、全部取り入れる。それにね、スタジオは毎回変えてあげる。もちろん、交通費も全額出す」
あれ、佐藤さんって大金持ちの娘だっけ…?
「いやいや、そこまでしなくていいでしょ」
「君が嫌がる事も分かってる、それでもお願いなの。私の一生のお願いなの。どうか、聞いてほしい」
本当は、嫌だと断りたかった。
しかし、先ほどの死んだような目を思い出すと、なぜだか断れない自分がいた。
「分かった…佐藤さんの提案に乗るよ」
「やったぁー!!!」
ファミレスだと言うのに、人の迷惑を気にしない彼女は、一度天罰を下された方がいいと思う。
「という事で、毎週土曜日、朝の9時に駅前に集合なので、よろしくね」
「ま、毎週!?」
「うんうん、あ、連絡できないと困るしさ、はい」
彼女は、ポケットからスマホを取りだした。俺のスマホには、もちろん母さんと勇人しか入っていない。
「いや、それだけ情報があれば集合くらい出来るでしょ」
「いやいや、何があるか分かりませんから」
俺からスマホを奪うと、何やら操作をして…
「よし、これでOK。あ、もうひとついい?」
「君は、“遠慮”というものを知った方がいいよ」
俺の話を無視して、話を続ける。
「今から、うちに来てよ」
「え?佐藤さんの家?」
「そう、ほーら早く!」
ファミレスのお金を払ったあと、なぜか俺はタクシーに乗せられた。
「すいません、ここの住所まで」
タクシーに揺られて、きっと彼女の家に向かっている。
外のガヤガヤは何も聞こえない。聞こえるのは、エンジン音と彼女の鼻歌の声。
「はい、着いたよ」
ずいぶんと大きなお屋敷。本当にこれが彼女の家?
「あ、これ、うちじゃないからね?スタジオ」
「今、こんな秒でこのお屋敷を借りられる君には、頭が下がるよ」
お屋敷を鍵で開ければ、豪華なシャンデリア。
「こんなところで何を俺にさせるの?」
「決まってるでしょ、料理だよ