プロローグ
1日の中で、この世を生きるすべての人間が必ずすること。
呼吸をすること。寝ること。働いて学ぶこと。そしてー“食べる”こと。
私は、食事が好き。食べることが好き。
嫌いな食べ物なんてひとつもないし、将来は、料理人とか料理に関する仕事がしたいと思っていた。
でも、その夢だって叶うか分からない。そんな夢より、明日を考えることで精一杯だから。

蒼介(そうすけ)、飯行こうぜ。あ、今日こそ奢るからさ」
「いや、今日、委員会の仕事あるから」
「えーまじかー。じゃあ、また今度」
高校に入って俺が決めていたこと。それは、絶対に、友達は作らないということだった。
友達なんているだけで、ろくな事にならない。面倒事には巻き込まれるし、すぐ揉める。
でも、俺に今飯を誘ったこの男―勇人(はやと)だけは違った。俺にしつこく話しかけてきた。
だから“一応”、俺の友達ってことになっている。
俺は委員会の仕事をこなすため、図書室に向かった。
「おつかれー!蒼介くん!」
そして、実は勇人以外にめんどくさいやつがもう一人いる。
「放課後は疲れてるのでもう少し静かにしてもらえます?佐藤さん」
そう、佐藤 菜乃花(さとう なのか)。この人が、何の縁か俺の委員会のペアだ。
「いい加減、“佐藤さん”呼びやめてよ?」
「俺は、基本的に苗字でしか人を呼びません」
「勇人は名前呼びじゃん」
「勇人は、別枠。苗字で呼ぶと反応しないから」
そこそこ可愛らしい顔で怒る彼女は、もっとアクティブな委員会に普通行くでしょ…。という、俺の予想は見事に外れ、こんな蒸しっぽい部屋に2人っきり。
「俺って、つくづくついてないよな」
「それは、私のセリフでーす」
一言ずつ多いこの子にイライラしながら、ふとスマホを見ると母さんからメッセージが届いていた。
[蒼介、悪いけどお母さんの夜食を届けてもらえる?
もしかすると、作ってないかもなんだけど…]
母さんの“もしかすると”は、だいたい当たっている。
これは、腕を振る必要がありそうだ。
「ゴテゴテのところ悪いけど、急用が出来たからそろそろ帰ってもいいかな」
「えぇー!私もちょうど帰ろうとしてたのに」
「うわ、真似とかするんだ。いいよ、俺についてこなくて」
「真似なんかしてないし!」
なぜか、同タイムで帰ろうとした彼女と途中まで帰ることになった。
「ねぇ、蒼介はさ、趣味とかないの?」
「あっても、佐藤さんだけは言わないよ」
俺も無愛想なところは良くないと思うけど、彼女よりは多分マシだろう。
「ケチ、ボコボコにされちゃえばいいのに」
「生憎、君みたいに人を挑発しないからボコボコにはきっと無縁だと思うよ」
いちいち話してくる内容をあしらいながら、やっと分かれ道にたどり着いた。
「じゃあね、蒼介」
「お気をつけて、佐藤さん」
家に入ると、荷物を置いてキッチンで、母の夜食を調理し始めた。
「適当にパスタでいっか」
母さんと2人暮らしで、いつも忙しい母さんに代わって、料理は基本的に俺がやっていた。だから、料理にはかなり自信があった。
適当に調理したパスタをタッパーにつめて、自転車にまたがった。母さんは、病院に勤務していた。
「母さん、これお弁当」
「あぁ、蒼介わざわざありがとう」
優しそうな顔で、俺から弁当を受け取った。
「蒼介が作ってくれたの?」
「うん、母さん作ってなかったから」
「ふふっ、ごめんね、ありがとね。あ、これ」
まるで分かっていたかのように、ポケットから小遣いを出した。
「いいよ、弁当作っただけだし」
「ふふっ、いいのよ、今日は私帰れないし、これで美味しいものでも食べなさい」
俺の適当なパスタを食べる母さんに、少し申し訳なさがあったけど遠慮なくもらうことにした。
「じゃあね、頑張って」
母さんに、さよならを告げた後、病院から出ようとした俺に衝撃の事実が目に入る。
きっと、ずっと病院なんか無縁だと思っていた彼女。
重篤な患者が出入りする扉から―佐藤 菜乃花が出て来たのだった。