私ひとりだけ狼狽えて、涼しい顔をしている彼に苛立った。
 何か言い返したいと思って出た言葉は彼を拒絶するものだった。

「私はぜったい、あなたを好きになったりしない」

 じっと睨みつけて言った。
 すると彼は妙に落ち着いた表情になった。

「たとえこの結婚が逃れられないものだとしても、私の気持ちだけはあなたに向いたりしないから」

 言ったあとすぐに怖くなった。
 もしかしたら怒ったりするんじゃないかと思って。
 だけど彼は意外にも冷静だった。

「ふうん、面白い」
「え?」
「じゃあ、俺はおまえを振り向かせてみせる」
「ぜったい、ない!」
「じゃあ、約束しろよ。おまえが俺に堕ちたら、俺はおまえのぜんぶもらう」
「何言ってるの? 意味がわからない」
「意味はそのうちわかる」

 彼は私に近づいて、私の肩をつかむと耳もとでささやくように言った。

「イヤというほど教えてやるよ」
 
 ぞくっと体が震えた。
 今まで感じたことのない不思議な感覚で、その場に倒れそうになった。
 ふらつく私を彼が抱えてにやりと笑った。

「ほら、もう堕ちかけてる」

 私はキッと睨みつけて、彼の手を振り払った。

「おもしれー女」
「サイテーな人」

 この結婚はぜったいうまくいかないと思った。