さて、次は――。

「由良、起きてー!」

 妹である由良の部屋を訪ねると、案の定返答がなかったので問答無用で入り、気持ち良さそうに布団にくるまっていたので、その布団をはぎ取りながら大声で起こす。
 由良は寝るのが好きだから目覚まし時計で起きたりしない――というより、起きたくないらしい。
 だから、毎朝こうして私が起こしているの。いい加減高校生なんだから、自分で起きて欲しいんだけどね。

「ん……花菜姉……?」

 口は開いているけど、まだ目は開いていない。

「ゆーら! もう、いい加減にしなさいよ! 私今日から仕事先に住み込むんだからね! 明日からは起こしてあげられないわよ? しっかり自分で起きて貰わないと!」

 両拳を腰に当てて、厳しいと思いながらも事実を伝える――カウントダウン式に何度も伝えてたんだけどなぁ。

「花菜姉がいなくなったら、リズ姉かりか姉に起こしてもらう……」
「自分で起きなさい! もう高校生でしょ!」
「やだぁ……」

 ベッドの上で丸まりながら小声で駄々をこねる。
 全く、こんなことで将来大丈夫なのかしら? 私、もしかして仕事断るべきだった? でも、それじゃあ、由良のためにならないし……はぁ……。

「全く……ちゃんと体温は測りなさいね」
「うん……」
「絶対測る気ないでしょ」

 由良は人より平熱が高い。気をつけていないとすぐに四十度を超えてしまうから毎朝体温を測らないとならないの。布団もはぎ取ったし、寝起きだけど体温は少し下がっているはず。今なら平熱かな? 机の引き出しから勝手に体温計を取り出して由良に向き直る。

「ほら、起きて。測るわよ」
「うん……」

 結局甘やかしちゃう私。
 寝ぼけ眼を擦りながら起き上がる由良に体温計を渡すと、のんびり受け取ってのんびり脇に挟んだ。毎朝この調子なの。本当に大丈夫なのかしら――って心配するのも毎朝。
 もう高校生なんだからいつまでも姉に頼っていないで一人前になって欲しいんだけど。
 ちらっと卓上の時計を確認すると、もう家を出ないといけない時間が差し迫っていた。

「あ! 私、もう出るからね! 朝ご飯は下に用意してあるから、体温測り終えたらちゃんとリズとりかと一緒に食べるのよ?」
「はーい……いってらっしゃーい」
「うん! 行って来ます!」

 暫く会えないのに、寂しいっていう感情はこの子にはないのかな? まぁ、由良らしいけどね。
 私は後ろ髪を引かれる思いを振り切って、由良の部屋を出て自分の部屋に置いてあったキャリーバッグとお気に入りの花柄のショルダーバッグを手に階段を降りて行く。キャリーが重いったらないんだけど。
 大学の授業が休みの日にここまで慌ただしいのは初めて。

――今日から、新しい生活が始まる。

 そう思うとワクワクするようなドキドキするような不安なような……複雑な思いが絡まっていた。
 やっとの思いで一階まで下りて、玄関にキャリーバッグとショルダーバッグをセット。「よし」と確認してから廊下を走り、リビングダイニングを隔てる扉を開けながら朝食を食べている二人に声をかける。

「リズ! りか! 私もう行くからね!」
「もう行くの?」
「朝ご飯は?」

 二人は食べている手を止めて、不思議そうに話しかけて来た。

「朝食は軽く食べたの。先方のお宅が遠いから、もう出て行かないと」
「そうなんだ……」
「寂しくなるね……」

 そんな風に悲しまれたら、行きづらいじゃないのよ……。

「休暇貰ったらまた帰って来るから」
「「うん……」」

 二人の様子に胸が締め付けられる。
 それはそうよね、今までずっと一緒に過ごしてきたんだもの……お姉ちゃんが嫁いだ時、美結香と絢が養子に出された時、寂しかったことを思い出す。
 私だって本音を言えば寂しいわ。でも、両親のいないうちにお金を入れるには、私も働かないといけないのよ。来年はりかも大学生になる訳だし、爽兄ちゃんだけに負担をかけさせる訳にはいかないもの。頑張らなきゃ! 心を鬼にして気持ちを切り替える。

「じゃあ、行って来るね!」

 それだけ言ってまたバタバタと玄関まで向かうと、二人が箸の手を止めて後を追って来た。ちょうど下りて来た由良も合流して三人でお見送りしてくれる。
 ショルダーバッグを肩にかけたり、キャリーバッグを土間に降ろしながら口も動かす。

「爽兄ちゃんは忙しいんだから、家事は三人で分担するなりして、何とかするのよ?」
「大丈夫だよ」
「花菜姉ちゃん色々教えてくれたし」
「そうそう……」

 三人とも気持ちを切り替えてくれたのか、笑顔でお見送りしてくれるみたい。
 リズとりかは心配ないと思ってるわよ。問題は由良なのよね。まだ眠そうだし。
「由良のこと、甘やかしちゃダメよ?」私が言うのもなんだけど「ちゃんと三人で協力するのよ?」

「分かってるよ」
「うん」

 リズとりかの頼もしい言葉に「よし」と笑顔で返す。

「由良、今日の体温は?」
「三十八度」
「平熱ね、よし」

 普通の人だったら大事だけど、由良の平熱はこれ。誰に似たのか一人だけ特異体質なのよね。

「暫く会えなくて寂しい思いをさせるかもしれないけど、ちゃんと皆のこと憶えてるから。たまに電話するからね!」
「うん、電話待ってる」
「花菜姉ちゃんに心配かけないように家事頑張るね」

 私の言葉に、リズもりかも笑顔で大きく頷いてくれる。由良はやっぱり眠そうで、壁にもたれかかっていた。もうちょっと寂しそうにしてくれない?!

――そう、この大切な妹達のためだったら私は何だって出来ちゃうんだから!

「じゃあ、行って来ます!」

「行ってらっしゃい」とリズが軽く手を振ってくれる。
「行ってらっしゃい」とりかは寂しさを隠して。
「いってらっしゃーい」と由良は相変わらず。

 そんな三人に見送られながら、私は玄関の扉を開けた――。