花菜姉ちゃんがカバンから鍵を取り出して開けてくれる。
「今日はお姉ちゃんも美結香も絢もいるのよ!」
「え! じゃあ、久しぶりに勢ぞろいだね! 三人とも元気かなぁ~」
「元気に決まってるでしょ」
花菜姉ちゃんの言うお姉ちゃんは早見春夏――じゃなかった。結婚して苗字が変わったんだ。今は季節春夏。早見家姉妹の長女。日夜だらけているだけだったけど、良い人が見つかったらしく、去年嫁いでいった。良く貰い手が見つかったよなぁ。
美結香っていうのは、高城美結香。去年、親戚の高城家に養子に出された早見家姉妹の六女。高城家が高貴なお家柄だからか、最近はそれに触発されて話し方とかが変わって来た。根はいい子なんだけど、正直ちょっと面倒臭い。ちなみに、由良と双子。
絢は早見家姉妹の末っ子で七女の石川絢。美結香と同じで去年親戚の石川家に養子に出された。末っ子だから六人の姉から寵愛されてさんざん甘やかされた。でも、その割には自己主張が少なく大人しい性格。そういうところはちょっとりず姉ちゃんと似てるかも。
この三人はもう早見家を出て行ってしまったから、たまにしか会えない。寂しいけど、仕方ないと諦めるしかないのが現状。
それから、さっき花菜姉ちゃんが言っていた爽兄ちゃんって言うのが――
「ただいまー!」
元気良くリビングに向かって声をかけてから、急いで靴を脱ぎ、上り框へ上がり振り返ると、
「おかえり! りか! それから、爽兄ちゃんも!」
花菜姉ちゃんが言いながら私達を出迎えてくれる。
「ただいま。花菜姉ちゃんもおかえり」
「ただいま! 皆おかえりだね」
私に次いで、この人も靴を脱いでうちに上がる。
「先生が生徒の家に上がっていいんですかー?」
「いつまでからかってるの。ここが僕の家だからいいんです」
花菜姉ちゃんの真似をしてからかうと、拗ねたような表情を見せる。
「そうですよ、先生。生徒の家に上がってミートパスタまでごちそうになろうだなんて、虫が良過ぎますよー?」
「花菜、いい加減にしないと怒るよ」
「ごめーん」
「思ってないでしょ」
玄関先で三人笑い合っていると、リビングと廊下を隔てる扉が開き、美結香が顔を出した。
「花菜お姉様! 遅いですわよ! もうお腹ペコペコですわ!」
この話し方にまだ慣れないのよね。
「ごめんごめん、その前に一言あってもいいんじゃないの?」
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
「――あら? りかお姉様と爽兄ちゃんもご一緒でしたのね?」
花菜姉ちゃんの背後に立っている私達に気がついて話しかけてくれる。
呼び方が何で爽兄ちゃんだけ爽兄ちゃんなのかは謎。姉は全員お姉様に変わったのに。
「ただいま」
「ただいま、美結香」
「りかお姉様も爽兄ちゃんもおかえりなさいませ」
リビングに入ると、キッチンにりず姉ちゃんが立っていた。
「あれ? りかも爽兄ちゃんも一緒だったんだ。おかえりなさい」
テレビの前のソファには、寝転んでいる春夏姉ちゃん。
「花菜も~、りかも~、爽兄ちゃんもおかえり~」
その春夏姉ちゃんに膝枕をしてあげていたのは絢。
「花菜ちゃん、りかちゃん、爽兄ちゃんもおかえりなさい」
「ただいま」
「ただいま! 三人とも元気そうだね! 僕は嬉しいよ」
「大袈裟」
それぞれが「おかえり」を言ってくれて、それぞれに「ただいま」を返す。
――そう、この先生こそが爽兄ちゃん。
元々爽兄ちゃんは父親の弟――つまり叔父だったんだけど、去年私達姉妹の両親が亡くなったことで代わりに親になってくれた元叔父の現義父。
爽兄ちゃんが娘って言っていたのは私達のこと。
――私が好きになった相手は、先生であり、元叔父であり、現義父でもある早見爽介。
久しぶりに七人姉妹が揃い、わいわいと盛り上がるリビングで私はただ一人、爽兄ちゃんへの想いを押し殺していた。
――私は、叶わない恋をしている。