「それじゃ」
「あのっ」
手を上げて体育館に戻ろうとする高斗を呼び止めた。
振り返った高斗にあたしはなにをいおうか迷って。
「あたしも、楽しかった。ありがとう」
そんな言葉しか、でてこなかった。
「うん。またねっ」
高斗は無邪気な優しい笑みを返して、そのまま走っていった。
その余韻に浸りながら、崩れるようにベンチに腰掛けた。
「自分から、聞いたくせに」
ぼそりとつぶやいて、こらえていた涙が落ちた。
好奇心で自分の傷深めるようなこと、しなきゃよかった。
恋してるから、あたしだってその気持ちがよくわかる。
紅色に染まった頬。
照れたような声。
高斗の気持ち、手に取るようにわかってしまう。
「ばかだなあ」
話せたことも、笑顔を見れたことも、とてつもなく幸せで。
それなのにどうして、こんなにつらいんだろう。
たった一日の魔法だった。
明日からはもう話すことも、笑いあうことも、ないんだ。
それでよかった。
たった一日だから、こんな格好できて。
たった一日だから、恥ずかしくなることもなく話せて。
そう考えると、視界が一気に熱くなった。
化粧が落ちるとか、もうそんなの考えられなかった。
なにを、期待してたんだろ。
高斗が今日だけであたしを好きになる確率なんて0に等しいのに。
好きになったとしても、今のあたしはゆりかで。
本当のあたしを好きになってくれるわけでもないのに。
最初から恋が叶うなんて、思ってなかったのに。
そう諦めてたくせに、どこかで期待を捨てられてなかった。
あたしは覚悟なんて、なにもできてなかったんだ。
「かえろ」
いつまでもこんな姿でここにいたくない。
だれかに泣いているのがバレる前に、帰るんだ。
体育館の前を通らずに少し遠回りすることにして歩き出す。
歩いていると、高斗の司会する声が聞こえてきてさらに涙があふれた。
自然と早歩きになって、最後には家まで走った。
帰ってからは部屋に駆け込んで、化粧もろくに落とさずに枕に顔を預けた。
お姉ちゃんには化粧落とした? とかきかれたけれど、適当に返事して。
結局その日、あたしはそのまま寝てしまっていた。