「お前、また買ったの?」
 高校の教室で自慢気に、ぼくは漫画の週刊誌を広げている。当然、休み時間に。授業中は絶対にやらない。決まりをきっちり守るのが、ぼくの『賢さ』だからだ。
「そーだよ。タマも見る?」
 友人の玉野(たまの)は、ぼくのその一言に「うんにゃ、いらん」と肩を(すく)めた。
「ちゃんと漫画読めよなぁ、漫画をよォ」
「別にいいよ。俺の目的漫画じゃないもん」
「外川がグラドル好きなのとか、ほんと意外だよなぁ」
 覗き込んできた青磁(せいじ)――通称セイちゃんに言われて、表紙を見直すぼく。
「だからァ、グラドルには興味ないってばァ。俺が好きなのは、この()だけ」
 表紙をそっとひと撫でして、二人へそれを向ける。
「だってかわいいじゃん。ほら、これ俺に向かって笑ってくれてんだよ」
「ハイハイそーですねぇ、そうだといいですねぇ」
「外川は凍上(とうがみ)瑠由のことになると夢男子炸裂すんの、かなりギャップだわ」
「別に夢男子じゃありませぇーん」
 タマもセイちゃんも呆れているけど、いいんだ、それで。ぼくだけが知ってる瑠由ちゃんは、ぼくの中で大事に大事に宝物になってるんだから。


    凍上瑠由
   ――19歳の爆裂最強ボディを
         あますとこなく大胆公開!――


 本当に(スター)になってしまった――そう思う度に、あの発言をしたぼく自身をちょっと自慢に想っている。
 あれからすぐに、瑠由ちゃんは本当にグラビアモデルになってしまった。けれどそれと引き換えにするように、瑠由ちゃんはまた別のどこかへ引っ越して行ってしまった。行き先は知らない。引っ越した日も、実は知らない。
 ぼくが瑠由ちゃんに最後に会ったのは、あの屋上で話をした日だった。

 たった一週間の出逢い。たった一週間の交流。それだけだったのに、それ以上になった大切なひと。
 あのときのぼくは、確かに瑠由ちゃんに恋をしていたのかもしれない。でもぼくと瑠由ちゃんは、恋愛よりも違うかたちの堅くて確かな約束をしたんだと思う。

「瑠由ちゃんはやっぱり美人だ」
 マスクをしていない瑠由ちゃんは、ぼくの予想以上に綺麗で、美人で、かわいかった。ストーカー被害に遭うのも頷けるくらい。……いやいや、ストーカーは犯罪だからダメだよ、絶対に。
 事務所がそういうのから守ってくれているんだと、瑠由ちゃんはいつかの雑誌のインタビューで答えていた。ぼくはそれを読んで、かなりほっとしていたんだ。
「外川ぁ、次移動教室だよ」
「うんっ、いま行く!」
 近頃の瑠由ちゃんは、テレビタレントみたいなこともたまにやっているみたい。ネット配信のゲスト出演をしてみたりして、広い層から支持が厚くなってきている。
 それでも、圧倒的に雑誌に載ったり写真集を出したりしてる方が多い。瑠由ちゃんはきっと、ぼくとの約束を覚えていてくれてるんだと思うことにしている。
 表紙の瑠由ちゃんをそっとひと撫でして、ぼくは鞄の中へしまう。絶対に折り目のつかないように、丁寧に、慎重に。
「またね、瑠由ちゃん」
 タッと駆けるようにして、ようやく席を立つ。そしてあのときの瑠由ちゃんのように、ぼくも振り返ることなく教室を出た。



               おわり