〇特別教室・前話の続き

ヒキ・抱きしめあう二人
すず(……)
颯(……)
照れている二人の顔アップ。

すず(……これいつまで演技していたらいいのかな)
真っ赤になって困っているすず。
すず、颯を見上げる。至近距離で目があう
すず(……!)

颯「……終わり。協力ありがと」
颯、すずの顔を見ないようにして身体を離す。

すず「せ、先輩はすごいですね。ガラッと雰囲気が変わるんですね。さすが俳優さんです」
すずも目をそらしながら言う。

すず「演技って楽しいですか?」
すず、気まずくて何かしゃべらなきゃ!と思い、なんとかひねり出した質問をする。

颯「うん。自分とは違う人間になれるから」
すずに背を向けている颯、すっと冷たい目になる。

すず「なれちゃうのがすごいですよ」
すず、颯の思惑には気づかずに尊敬した顔。

颯「まあ最近はちょっと楽しくなってきたかな、演技」
颯、柔らかい表情を見せる。
すず「放送開始、二週間後でしたっけ、楽しみにしてますね」
颯「まだもう少しバタバタしてると思う、ごめん」
すず「忙しいのにいつも学校来るの大変じゃないですか? また私行きましょうか?」
颯「いや大丈夫」
すずの問に颯は少し考えて答える。

颯「じゃあそろそろ帰るか」
すず「私、先に出ますね」
他の生徒にばれないように別々に部屋を出る二人。先にすずが部屋を出ていく。

颯「あんな汚いところに行かせたくないし」
颯、すずがいなくなった扉を向きながら小さく呟く。


・・


〇学校・昼休み
すず、希実とお弁当を食べようと弁当箱を開いているところ。
スマホを見ると、颯からメッセージが届いているのが見える。

颯『今日は学校行けない。また明日』
すず(ここ最近は忙しすぎるみたい。キス、二日に一回のことも多くなった。命の問題はないみたいだけど心配になっちゃうな)
すず(それにあんまり話すこともできないし)
すず、ちょっと落ち込んだ表情になる。

希実「今日はパン買いに行かないの?」
お弁当を開きながら希実訊ねる。
すず「お弁当だけで今日は十分」
すず(特別教室に行く口実にパン購入使いすぎた。大食いキャラの今日この頃)
デフォルト絵でトホホとした顔のすず。

クラスメイト1「夢恋の記者会見始まるよ!」
クラスメイト2「お昼のニュースで放送するって!」

クラスの女子が数名騒ぎながら、教室に備え付けてあるテレビをつける。
テレビ、記者会見の様子が映し出される。
『夢の中でも恋してる』というロゴ看板の後ろに六名程、人が立っている。後ろのスクリーンにも『夢の中でも恋してる』というロゴ。

すず(あ、綾野先輩だ)

スーツを着てプロのヘアメイクによって作られている颯はいつも以上に輝いて見える。

クラスメイト1「はあ颯先輩、かっこいい~」
クラスメイト2「主演のアキトよりもファンになっちゃうかも」
クラスメイト3「相手役のリリ、かわいすぎる」

同級生の言葉に颯以外の人間も見てみるすず。監督らしき人、ベテランの俳優(主役の両親とか教師役であろう人たち)、そして主役の二人。
颯とは違った雰囲気の茶髪系のイケメンと可愛らしい系でドレス姿の女の子。
すず(あんまりドラマを見ない私でも知ってる人たちだ)
すず(いつも人気ドラマの主役をしている吉岡アキト、アイドルを卒業したばかりだけど演技力が評価されている美山リリ)

絶え間ないシャッターライトとシャッター音。
キラキラとした華やかな場所で、以前から知っている芸能人に囲まれた颯を見て、すずの表情が少し曇る。

希実「すごい豪華メンバー。綾野先輩大出世しそうだね」
すず「すごいね」
希実「でもこんなすごい人が同じ高校ってだけで嬉しいー」

希実も嬉しそうにテレビを見ている。

すず(綾野先輩って本当に別世界の人なんだなあ)

複雑そうなすず。周りのクラスメイトはきゃっきゃと盛り上がっている。


〇国立保健研究所・お昼
病院のような雰囲気の場所
一室で採血をしているすずの様子。

すず(特効薬を作るために定期的にここに通ってる)
看護師「はい、楽にしてくださいね」
採血が終わり、注射後に小さなバンドエイドを貼ってもらうすず。

続いて白衣の医者らしき人が入ってくる。
医者「調子はどうですか?」
すず「私は何も問題ありません」
医者「そうですか」
神経質そうな冷たい印象の人。持っているバインダーに目を向ける。

医者「開発中の薬は予定より順調に進んでいます」
医者の言葉に、顔をあげるすず。
医者「お二人が発症してから二か月たちました、あと一ヵ月もかからずに完成するかもしれません」
すず「本当ですか……!」
ぱっと顔を輝かせるすず。

医者「完成して効果が認められれば、フローラはそれを常飲することになりますが、アピスである大久保さんは今後特別な治療は必要ありません」
すず「そうなんですね!」
すず(これで綾野先輩が花に変わることはなくなるんだ……!)
すず心から嬉しそうな表情。


〇国立保健研究所のすず
ウィーンと自動ドアから出てくるすず。

すず(薬が早くできそうでよかった)
嬉しそうにスキップしているが、ふと立ち止まる。
すず(でも、先輩ともう会えなくなっちゃうな)
ちょっと寂しそうな顔をしてから首を振る。
すず(ううん、今までが夢みたいな出来事すぎただけ)

そう気持ちを吹っ切って歩き出そうとするが、ポケットが震えていることに気づく。
スマホを取り出すと、電話が鳴っている。
スマホの画面:綾野先輩

すず「もしもし」
綾野母「大久保さん!?」

久しぶりの綾野母のヒステリックな声に飛び上がるすず。

すず(綾野先輩のお母さん……!?)
すず「はい、大久保すずです」
綾野母「今から言う場所に急いで来て」
すず「えっ、先輩に何か?」

綾野母「涙を流すシーンなのに、涙が花びらなのよ」
綾野母「緊急事態だから今すぐに来て」
すず「わかりました、すぐに行きます!」

すず驚いた表情。電話を切ると急いで大通りまで走り、タクシーを拾って乗り込む。


〇スタジオの控室

一人で椅子に座って待っているすず。
すず(今日は緊急事態だからかすぐに通してもらえたな)
すず思い出す。スタジオの入り口でスタッフが待っていてすずを案内してくれた。デフォルメ絵。
すず(おかげで今日は怒られずにすんだ……)
ちょっとだけ安心しているすず。

すず(綾野先輩、大丈夫かな?)
すず、不安げな表情で落ち着かない。

バタッ。とドアが開く。

颯「すず!?」
入ってきた颯は目を見開いて驚いている。すずがここに来ることを知らなかった様子。
学校とは異なるドラマ用の制服を着た颯。颯の後ろには綾野母。

綾野母「ほら、急いで。涙のシーンは十分後なのよ」
颯「すずはここに連れてくるなって」
綾野母「――颯。今そんなことを言っている時間ある?」

ぎろりと睨む綾野母に颯は唇をかみしめる。すず、椅子から立ちあがる。

颯「出ていって」
綾野母「そういう約束だったわね」

ひらひらと手を振りながら綾野母は出ていった。

颯「ごめん、すず」
すず「国立保健研究所に行くために元々早退してたんです。だから気にしないでください」
颯「そうじゃなくて――」
嫌いな芸能界の現場にすずを呼びたくなかった颯。

颯、すずをぎゅっと抱きしめる。
すず「……先輩?」
颯「癒される。昨日会ってなかったから」
すず「たった一日ですよ」
すず(先輩、忙しすぎて疲れてるのかな?)
おずおずと背中に手を伸ばしてとんとんと赤ちゃんをあやすように叩いてみる。

颯「こんな癒されるのは俺のアピスだから?」
すず(俺の、って……)
すず、どんどん心臓の音が早くなってしまう。
すず「先輩、出番もうすぐなんですよね。キスしないと」
すず少しだけ身体を押しのける。

颯「うん」
颯、もう一度すずをぎゅっと抱きしめて、抱きしめた状態でキスをする。
すず(……こんな格好で、キスするの、ずるい)

少したってから唇が離れる。
はあと息を吐くすずにもう一度颯はキスをする。

すず「……先輩っ」
赤くなった顔ですずが抗議すると、颯優しい瞳で見下ろす。
颯「足りないと困るから」
すず「もう足りましたか?」
ちょっと怒った表情のすずに
颯「まだ足りないかも」

そうしてもう一度キスをする颯。
すず(もう、何も考えられない……)
すず、されるがまま。

ようやく身体が離れると、颯は涙をこぼしてみる。
花びらではなく、ぽろっと涙が出てくる。

颯「よし」
すず「二回目のキスする前に確認したらよかったんじゃないですか」
つい可愛げのないことを言ってしまうすず。
颯「時間ないから、効率重視だよ」
意地悪な顔を浮かべる颯に、すずはまたときめいてしまう。

颯「すず」
真剣な表情になる颯。
すず「はい」
颯「変なやつに話しかけられないように気を付けて帰ってね」
すず「大丈夫ですよ!」
颯は真剣だが、芸能界のことを何も知らないすずにはその真剣さがいまいち伝わらない。

颯「帰ったら連絡して」
すず「わかりました! 先輩も頑張ってくださいね」
颯「ん」

颯、すずの髪の毛をくしゃっと撫でると、控室から出ていく。

すず(びっくりした……。あんなことされると勘違いしちゃうよ)

すず、時計を確認する。
すず(そろそろ外に出てもいいかな?)
控室を出ると、先ほど案内してくれた女性スタッフと目が合う。

スタッフ「今日はありがとうございます」
綾野母は重要なものを忘れて、それを親戚の子に持ってこさせたとスタッフに説明していた。←背景デフォルメ絵で説明。

スタッフ「あなた、俳優の仕事に憧れているんでしょう?」
すず「え」
すず(そういえば前も綾野先輩のお母さんがそう説明してたな)
すず「はい、そうです」
すず戸惑うも頷く。優しそうなスタッフ、にっこり笑う。

スタッフ「じゃあ今からのシーンちょっとだけ見ていったら? 颯くんの大きな見せ場だから」
すず(先輩の俳優としての姿、見てみたい……)
上からスタジオの様子が見れる場所にスタッフが連れて行ってくれる。

スタジオには教室のセット出来ていて、周りにはカメラがたくさん置かれている。

すず(うわあ。スタジオの中なのに教室があるってすごい)
すず(たくさんの人がいるんだな)
すず(あ、リリちゃん)
興味津々といった様子ですずは楽しく見渡している。

教室にはリリが一人立っている。

監督「じゃあ本番行くよ。スタートッ!」

颯「ナミッ!」
颯がガラッと扉を開けて教室に入ってきて、リリの元に駆け寄る。

すず(これって、こないだの――)
上から見ているすず、先日の練習のシーンだと思い当たる顔になる。

颯「コウから聞いた。大丈夫か?」
リリ「うん。でも私もう……」

颯がリリのもとに駆け寄ると、リリは涙を浮かべる。

すず(うわぁ、リリちゃん演技うまい)
すずキラキラした目でリリの演技を見る。

颯、リリを固く抱きしめる。

颯「ナミが好きなんだ、もう泣いてるところ見たくない」

颯涙を浮かべた切ない表情でリリを見つめて、キスをする。
すず、ショックを受けた表情になる。

颯「好きだ」

そしてリリをもう一度抱きしめる。
リリ「ヨシキ……」
リリ、困惑した表情で抱きしめられている。

監督「カーット!」
茫然としていたすず、はっと現実にかえる。

監督「いやーよかったよ、二人とも!」
スタジオでは、主役の二人がほっとした表情を浮かべてスタッフたちががやがやと動き始める。
監督「颯くんの切ない顔いいねえ!」

すず、はじかれたように立ち上がり隣にいたスタッフにお礼を言うと、小走りでスタジオから抜けていく。

傷ついた表情で走っているすず。

すず(苦しい)

目をぎゅっとつむる。思いだすのは、颯のキスシーン。

すず(先輩、すごく愛しくて切ない顔してた)
すず(ううん、あれは演技だから……)

立ち止まるすず。悲しい表情を浮かべる。

すず(でも、私とのキスだって、偽物)
すず(私、なに勘違いしてたんだろう)

スタジオの方を振り返るすず。廊下はたくさんのスタッフが行き交っている。

すず(綾野先輩は遠い人)
すず(もうすぐ私たちの関係は終わって、また雲の上の人に戻る)

寂しそうな顔で、出口に向かって歩き出すすず。目には涙が浮かぶ。それをぐいぐい拭く。

すず(気づかないままでいたかった。綾野先輩のことが好きだって)