〇特別教室・夕方

夕日が差し込む部屋で二人立ってキスをしている。



第五話 燃えるような偽物キス


〇特別教室・夕方

机を隣にくっつけて漫画を読んでいる二人の姿。

すず(あの日から、私と先輩は放課後一緒に過ごすようになった)
すず落ち着かない様子で漫画から顔をあげて、隣の颯を見る。
颯は漫画を真剣に読んでいる。


〇回想・特別教室・夕方

すず「今日もよろしくお願いします」
いつものように気を付けをして颯の前に立つすず。
軽く一秒のキスが終わる。

すず「お疲れさまでした。それでは失礼します!」
すず(何回しても慣れないよ……!)
すず赤くなりながら机の上のカバンを持って、出ていこうとする。

颯「待って」
すず「どうしました?」
颯「俺、この後暇なんだけど」
颯、すずをじっと見ている。

颯「一緒に時間つぶしてよ」
颯「漫画もあるから」
すず「?」
颯が指さした方を見ると、ロッカーに漫画がずらりと並んでいる。
すず、目がキラキラになる(デフォルト絵)

すず「えっ、えっ、なんですか、これ!」
颯「先週すずに借りたやつと、他にもいろいろ持ってきた」
喜んでロッカーに移動するすず、漫画を取り出して嬉しそうな顔をする。

颯「あの人が、少女漫画とか嫌いだから」
すず「ごめんなさい、私が押し付けちゃったから?」
すず青ざめながら謝る。
颯「違う。俺も読んでみたかったし、すずの好きなもの」
颯は気にせずに答える。すず、少し照れる。

颯「すずの持ってた漫画と同じようなやつも買ってみた」
すず「うわー! これ私読みたかったやつです!」
颯「読んでいいよ。これから放課後三十分くらいは時間作れるから」
すず漫画を手にほくほくしている。颯、その様子をほほえましく見守っている。


〇回想終わり

すず(そんなわけでこの一週間、放課後の三十分。私は放課後颯先輩と漫画を読んでいる)
すず、颯の表情を盗み見する。
すず(餌付けならぬ、漫画付けされちゃってる!)
すず(私は嬉しいけど、先輩忙しくないのかなあ)
すず、もう一度、颯のことを見る。

颯「さっきから何?」
漫画を置いて、颯がすずを見返す。
すず「なんにもないですよ」
颯「嘘、チラチラ見てた」
すず(ばれてた……!)
どぎまぎするすず。

颯「ああ」
颯、何か思いついて納得した様子。
すずの肩を引き寄せたかと思うと、キスをする。
すず「……!!!」

いつもの事務的なキスではなく、先週の車の時のような長いキス。
すず息が続かなくなって、颯の胸をとんとんする。

颯「苦しかった? ごめん」
すず「……それは大丈夫ですけど! なんで、キス」
狼狽えて真っ赤になっているすずに、涼しい顔の颯。
颯「今日の分、してなかったなと思って」

すず「不意打ちは心臓に悪いからやめてください」
颯から離れて胸を抑えているすず。
すず(それに、こういうキスはドキドキしちゃうし……!)

すず「先輩、私たち医療行為としてキスしてるんですよ。恋愛は禁止なんです、三ヵ月だけの関係なんですよ」
学級委員長のようなお説教をするすず。
すず(そう。これはドキドキしたらダメなキスなんだから……)
すず(自分に言い聞かせてるみたい)
すず顔を赤くしながらも表情が暗くなる。そんなすずをじっと見ている颯。

颯、すずの顎を掴んで自分の方に向かせるともう一度キスをする。
すず「……言ったそばから何するんですか」
涙目で抗議するすずを、颯はまたじっと見ている。

颯「可愛かったから」
すず「ええっ、はあ?」
颯の顔が少し意地悪なものに変わって、微笑む。

颯「今日も金曜日だし、貯金」
すず「でも、不意打ちはだめです」
颯「なんで? 嫌?」
颯がすずの顔をじっと覗き込む。すず赤くなり、顔をそむける。

すず(嫌……じゃない、から困る……)
すず「だって、恋愛は禁止なんですよ」
颯「それ、すずが勝手に言ってることだろ」
すず「えっ?」
すず、驚いた表情でもう一度颯を見る。

颯「俺はそんなこと一言も言ってないけど?」
もう一度、颯がすずの顎に手をかける。

すず(どうしよう……振り払わないと……)
すず、真っ赤になりながらも目を瞑る。

颯「……」
すずが素直に目を瞑ると思っていなかった颯、少し驚いて照れる。
真っ赤になって目を瞑っているすずを見て、本気で可愛いと思っている表情。

すず「もう! またからかったんですか」
キスされないすずはからかわれたと思って、小さく睨む。

颯「ごめんごめん。じゃあそろそろ帰るか」
颯さらりと言うと、漫画をロッカーにしまいに行く。耳が少し赤い。

すず(先輩はずるい)
すず、ドキドキしている表情。


〇すずの部屋・夜

すず、机で漫画を読んでいる。
漫画のキスシーンを見て、今日のことを思い出して赤面する。

すず(あれは医療行為……医療行為……)
煩悩を振り払おうとするデフォルト絵すず。

そして、今日の二回目のキスを思い出す。
すず(医療行為に、思えないよ……)
すず(先輩はなんてことないのかもしれないけど、初恋もまだの私にとっては刺激が高すぎるよー!)
机に突っ伏すすず。机に置いてあるスマホにメッセージが届いているのがわかる。

すず(綾野先輩からだ)
スマホ画面。
颯『ごめん。ドラマ撮影が始まって放課後に時間作るの難しいかも。行ける時間、毎日連絡する』
シンプルなメッセージと謝っているゆるきゃら。

すず(そっか。放課後のあの時間なくなっちゃうのか)
すず返事を打ちながら、残念そうな表情になる。

すず(違う、私は漫画が読みたいだけだもん!)
また煩悩を振り払うすず。


〇回想

すず(それからの先輩は本当に忙しそうだった。)
授業中にお腹が痛いと抜け出すすず。お昼休みに希実にパン買ってくる!と言って、特別教室までダッシュで向かっているすず。
あわただしく颯とキスをこなしている様子。


〇特別教室・お昼

教室でキスをする二人。
颯「悪い」
身体を離してから小さく謝る颯。すずの頭をぽんぽんとすると、小走りで出ていく颯。

すず(事務的なキスに戻っちゃった)
颯が出ていってからしばらくして、すずも教室を出て鍵をかける。その表情は寂しそう。

すず(ううん、これが当たり前なんだ。こっちの方がいいんだよ)
すず、目を瞑って首をぶんぶん振る。
窓の外を見ると、颯が校舎から出ていくところだった。そのまま門まで走って、門の前につけていたタクシーで去っていく。

すず(先輩、忙しいのに。私のために学校までわざわざ来てくれてるんだ……)
すず、窓の外を見ながら切ない表情を浮かべる。


〇特別教室・夕方

二人がキスをしていて、身体を離す。

颯「今日は時間あるから」
すず「え?」
颯「まだ一緒にいられる」
颯は椅子に座って、すずを見上げる。

颯「すず、用事ある?」
すず「ないです!」
すず、嬉しそうな顔を見せる。すずの表情を優しく見る颯。

すず(久しぶりに先輩と過ごせる。嬉しいけどちょっと緊張するな)
すず、颯の隣に座る。颯がカバンからドラマの台本を取り出す。

すず「それ、台本ですか」
颯「そう」
すず「先輩の新ドラマの情報をネットで見ましたよ。三角関係のライバルなんてすごく重要な役ですね。放送開始が楽しみです」
すず、公開され始めた情報を思い出しながらつぶやく。

颯「うん。今回はメインの一人だから。俺も気合い入ってる」
すず「先輩、初めてドラマに出たの半年前なんですよね? すごい勢いで売れっ子です」
颯「いや、俺芸歴十七年だから」
すず「ええっ!? 芸歴じゅうななねん!?」
すず驚いた様子で颯を見る。嫌味のないその姿に颯小さく笑う。

颯「俺赤ちゃんの時から芸能人してるから。ピッカピッカブウタンって番組知ってる? あれで踊ったりしてた」
颯説明する背景か吹き出しに、幼児番組ピッカピッカブウタンのイラスト。豚の着ぐるみと赤ちゃんたちが踊っている。
すず「もちろん知ってますよ! すごい、ベテラン俳優だ」

颯「ははっ、十七年ほとんど何の仕事もなかったけどな」
颯、自虐気味に言う。すずは純粋に憧れの表情で見つめている。

颯「ここ半年ほどで急に仕事が入るようになった」

すず(そっか。颯先輩はずっと努力してきて、ようやく夢が叶ったんだ……)

すず「それでお母さんは今大事な時って思ってるんですね」
すず納得したようにうなずく。
すず(先輩のお母さんが、女性関係に敏感になっちゃうのもわかる)

颯「あの人、元々女優だったんだ。自分を重ねすぎて俺に夢を押し付けてんだよ」

颯が吐き捨てるように言う。すず、なんといっていいかわからない表情で颯を見つめる。
颯、すずが心配そうな顔をしているのに気づく。

颯「あ、そうだ。すずちょっと手伝ってくんない、演技の」
すず「演技?」
颯「このシーン、ちょうど午後の教室だし」

颯すずに台本を見せる。
すず「むりですよ、私! 演技なんて――」
颯「すずはここに立ってるだけでいいから」

すず開かれた台本を見る。台本のアップ。
『ヨシキ、泣いているナミを抱きしめてキスをする。
ヨシキ  ナミが好きなんだ。もう泣いてるところ見たくない。』

すず「キ、キス!」
颯「いつもしてるだろ」 デフォルト絵で焦るすずとジト目の颯。

すず「先輩軽くいいますけど。私は初めてだったんですよ、キス。恋愛偏差値が低いんです!」
颯「ふうん」
すず「先輩は余裕たっぷりで、恋愛偏差値高いかもしれませんけど」
颯「俺も初めてだったけど?」
赤くなっているすずに颯は口角をあげる。

すず「……!?」
颯「あの母親がいて、恋愛なんてできると思う?」
すず「それは……確かに……」
颯「……そもそも女の人、苦手だから」
すず(え?)

颯、表情が一瞬暗くなるが、すぐに表情を隠す。立ち上がって手招きする。

颯「すずは泣いてるふりするだけでいいから。演技ド下手でもいいよ」
すず「本当にやるんですか」
颯「うん」

仕方なくすずが颯の元に行くと、颯はすずの立ち位置を指定する。

颯「じゃあここでうつむいてて」
すず「わかりました」
すずを位置につかせると、颯教室の入り口の方まで移動する。

颯「ナミ!」
颯がすずの元にかけてくる。
すず(わ、演技モードの先輩だ)

颯「コウから聞いた。大丈夫か?」
すず、演技に付き合ってこくりと頷いて見せる。
すず(なんだか少女漫画のヒロインみたいだな)
演技できたことにニヤリとしているデフォルト絵。

余裕だったすずだが、颯に抱きしめられる。

すず(台本、キスだけじゃなくてハグもあったんだった……!)

颯、力をこめて強くすずを抱きしめる。颯の胸に顔をうずめる形になるすず。

すず(どうしよう……これ、キスよりも恥ずかしいかも)
すず、ぎゅっと目を瞑る。
すず(私の心臓の音、すごい。絶対先輩にも聞こえちゃってる)
颯、無表情ながらも顔が少し赤い。

すず(あ……)
颯少し身体を離して、すずを見つめる。その瞳は熱い。愛しいものを見ているけど、切なさが入り混じった瞳。
すず(こんな風に見つめられたら……演技なのに……)

颯「好きなんだ、もう泣いてるところ見たくない」

切ない気持ちをぶつけるように、荒々しくすずをかき抱いて、唇を押し付ける。
いつもと違うキスにすずの目が大きく見開かれる。
ばくばくと心臓の音が鳴る。

しばらくキスをしてから身体が離れる。颯の瞳はまだ熱い。
すず、大きく息を吐く。心臓の音が止まらない。

颯「好きだ」

切ない表情でそう言われて、もう一度すずは強く抱きしめられる。

すず(こんなの、勘違いしちゃうよ)

胸の中で、困った表情のすず。