第三話

〇前回の場面の続き・応接間

綾野母「何を言っているの……!」
綾野母がよろよろと立ち上がり、二人に向かって進んでくる。
颯、すずをかばうように前に立つ。
 
綾野母「何言っているの! キスしなさい!」
半狂乱になる綾野母を冷めた目で見る颯。
 
すず「先輩……!私なら大丈夫ですから……! キスしましょう!死ぬなんて、そんな、だめです!」
茫然としていたすず、はっとして颯に声をかける。
颯、すずを見下ろす。その瞳はやさしい。
 
颯「あんたは俺の心配ばっかりだな」
すず「だって、花になって何にも残さず消えてしまうんですよ!そんなの心配しない方がおかしいですよ!」
 
必死に言うすずをじっと見る颯。
綾野母が颯にすがりつこうとするのを、颯は突き放す。
 
颯「母さん、もう彼女に会わないことを約束して」
綾野母「颯……!」
颯「キスも二人で行う」
颯がはっきり言い切り、綾野母は大きく空いた口を手で覆う。
 
綾野母「あなたは芸能人なのに二人でだなんて!この子があなたのこと好きになったらどうするの!」
颯「彼女は俺のために存在する〝物〟じゃない。生きてる人だよ」
すず、その言葉に驚き、目に涙がにじむ。
 
颯「これ以上、見世物のようなキスはしない」
綾野母「でも……っ!」
颯「それを守らないなら、もうキスはしない」
 
颯はきっぱりと宣言する。そんな颯の表情を小さく口をあけて見つめるすず。(心が動かされているような表情)
 
颯「校長先生」
颯、校長に自然を向けると校長は慌てて駆け寄ってくる。
校長「あ、ああ。これを」
颯「ありがとうございます。じゃあ、行こう」
校長から何かを受け取ると、颯はすずの手を引っ張って、応接間から出ていく。崩れ落ちる綾野母。


 
〇廊下・授業中で誰もいないシンとしている。

颯ずんずんと大股で歩いてく。手をつないでいるので、すずは小走りで後を続いていく。
すず「先輩、どこに」
颯「ついてきて」
 
颯は後ろを振り向かずに渡り廊下を渡り、特別教室ばかりの人気のない校舎へ向かう。
三階まであがり、一番奥の部屋までたどり着くとすずの手を離す。ポケットから鍵を取り出して扉をあける。

 
〇特別教室
普通の教室と同じように机が並べられているが、展示物なども何もないさびれた部屋。

すず「ここは?」
部屋を見渡しながら、すずは訊ねる。颯は中から鍵をかける。
颯「使ってない教室。校長に借りた」
すず、先ほど校長から受け取った何かが鍵なのだとわかる。
颯は窓際の机までたどり着くと、机の上に座る。すずも颯の近くまで移動する。
 
すず「えっと、体調は大丈夫ですか?キスしないとー―」
おずおずと訊ねるすずを颯は見る。
颯「あんた、お人よしって言われない?」
すず「お人よしですか? どうだろう、言われるかな……?」
颯「いや、真剣に考えなくていいよ」
颯は机から降りると、すずの前に立つ。
 
すず(あ、キス。こうして二人だと……緊張する)
すず、キスをするのだと思って、目を閉じる。
颯「はは……」
小さな笑い声が聞こえて、すずが目を開けると颯が優しく微笑んでいた。その表情に胸がとくんとなる。
 
すず「先輩?」
颯「キスすると思った?」
すず「えっ、違うんですか……?」
真っ赤になるすずに、颯は口角をあげる。やっぱりその瞳は優しい。
 
颯「まず謝らせてほしい」
すず「あや、まる……?」
颯は真面目な表情に切り替わると、頭を下げた。
すず「えっ、先輩。やめてください、頭あげて――」
颯「失礼なことばかりして、本当に申し訳なかった。ごめんなさい」
真摯な口調で頭を深く下げる。
 
すず(謝ってほしいわけじゃなかった。でも、先輩の気持ちが染み込む)
すず、胸が熱くなって涙がこみあげてくる。両手をぎゅっと握る。
すず(私の心、すり減ってて、傷ついてたんだ……)
すずの目から涙がこぼれる。
 
すず「謝ってくれてありがとうございます」
颯「なんでお礼?」
顔をあげた颯は不思議そうに聞いた後に、すずの涙を見る。そっと涙を指で掬う。
 
すず「でも先輩、大丈夫なんですか。お母さん」
すず、ぐいぐいと自分の涙を拭く。
颯「あー……うん。初めてあの人に反抗したかも」
颯は思いだすように言ってから、机の上にもう一度座る。
 
颯「あの人のことは気にしないで。――で、これからのことだけど。申し訳ないけどアピスとして協力してほしい」
すず「それはもちろん協力します!」
颯「ここの教室しばらく借りたから。ここでキスさせてほしい」
すず「ありがとうございます!。あっ、でも先輩毎日学校に来れるんですか?」
颯「できるだけくる。時間の相談したいから連絡先聞いてもいい?」
 
颯、ズボンのポケットからスマホを取り出す。すずもジャケットのポケットからスマホを取り出す。颯、すずのスマホを借りて器用に操作する。
 
颯「はい、登録しといた」
すず「ありがとうございます。絶対悪用しませんから……!」
勢いよく言うすずに颯はぽかんとした顔をする。
 
すず「私、綾野先輩の立場わかってますし、この数ヵ月が終われば、連絡先も消しますから安心してください!」
颯「てかあんたは『アピス』でしょ? なんでそんなに気遣うの?」
颯が呆れたように言う。
 
颯「『アピス』は命の危険もないし、俺のせいで迷惑こうむってるわけじゃん。あんな酷い扱いされて、金も受け取らないし」
すず「え? だって『フローラ』、キスしないと消えちゃうんですよ」
すずが首をひねりながら答えると、颯はますます呆れた表情になる。(嫌な顔ではなく、嬉しそうに)
 
颯「はあ、ほんとお人よし」
すず「みんなそうすると思いますけど……」
颯「そうか?」
颯の言葉がわからないままのすず。
 
すず「これからよろしくお願いします。 私大久保すずって言います。2年5組です」
真面目に自己紹介を始めるすずに颯はほんのすこし吹き出す。
 
颯「綾野颯。3年2組。俳優とモデルやってます。よろしくな、すず」
すず「へ、すず……」
名前を呼ばれて赤くなるすずを見て、颯は左手の小指を見せた。
 
すず「あ……!」
一瞬ですずの顔は青くなる。颯の爪は人間のつめではなく、白い花びらだったのだ。
 
すず「先輩、大変です。早くキスしましょう」
颯「いや、急かすために見せたわけじゃないから。この花なにかわかる?」
すず、じっと爪を見る。ぷっくりしていて、よく見ると、花びらではなく、小さな花だ。(すずらんの花)
 
すず「ごめんなさい、私あんまり花には詳しく――」
颯「これ、すずらん」
すず「すず、らん……」
颯「あんたの名前と似てる」
すず「運命……」
 
自分で放ったつぶやきにはっとして慌てるすず。(デフォルメ絵)
すず「あ、変なこといいました! 綾野先輩と私が運命って言いたいわけじゃなくて、偶然が重なるもんだなって」
 
颯「そう? 俺も運命みたいだと思ったけど?」
颯がすずを見つめる。照れて無言になるすず。
 
颯「だからすずって呼ぼうと思ったんだけど、ダメ?」
上目遣いで見てくる颯にすずは真っ赤になる。
 
すず「だめじゃないです……」
颯「俺のことも颯でいいから」
すずぶんぶんと勢いよく顔を振る。
 
すず「そ、それは大丈夫です! あの、私三ヵ月お役目ちゃんと果たします!」
すず「……綾野先輩のお母さんの気持ちもわかるんです。でも、大丈夫です。私、絶対に先輩のこと好きになりませんから! 安心してくださいね……!」
 
颯「ふうん」
颯、あまり表情は変えないけど面白そうにすずを見つめる。
 
颯「悪いけど、キスしてもいい? 俺、そろそろ行かないといけなくて」
すず「もちろんです! いつでもどうぞ!」
すずぴしっと気を付けをして、目を閉じる。勢いのよさに颯また楽しそうな顔を浮かべる。
 
すず(一日一回、好きじゃない人とキスをする)
教室の外からはどこかのクラスが体育をしているのか、賑やかな声が聞こえている。
すず(非現実で、ありえない話)
颯が机から降りて、すずに歩み寄る。
すず(どうしてこんなことになっちゃたんだろう、何度も思った)
颯の手がすずの肩にそっと置かれる。
すず(だけど、この日の颯先輩の瞳は優しくて)
無表情の颯の顔が、緊張しているすずの顔を見て少し柔らかくなる。
すず(触れる手も優しくて)
颯の手が顎を優しくつかむ。
すず(触れた唇も優しくて)
二人の唇がそっと重なっていく。
すず(まるでファーストキスのやり直しみたいだった)
 
ヒキ・二人の姿。カーテンが揺れたり、光が入り込んできたり、エモい雰囲気。
 

◯すずの部屋・ 夜
ベッドに寝転んでタブレットで動画を見ているすず。
スマホが震えて、スマホを見る。
スマホの画面には颯とのメッセージアプリ画面
 
颯「明日、放課後、同じ教室で」
すず「今日はありがとうございました、明日もよろしくお願いします!」
 
メッセージと、ペコリと頭を下げるかわいいキャラのスタンプをすずが送ると、すぐに颯からもスタンプが来る。
ゆるきゃらのペコリスタンプ。
 
すず(ふふ、先輩こういうスタンプ好きなんだ)
すずスマホを胸にあてて、目を閉じる。
 
すず(目まぐるしい一日だった。でも、先輩が優しい人だとわかってよかった。明日からも――)
すず、キスを思い出して真っ赤になり、想像を手でパタパタと追いやるデフォルメ絵。
 
すず(人の目に晒されるキスはつらいけど、二人きりのキスはそれはそれで恥ずかしいな)
タブレットの動画に目を戻すと、cmが流れている。
 
すず「あ、綾野先輩だ」
今放送中の学園ドラマ。颯はメインではないが生徒の一人として出演していて顔が映った。ドラマの中の颯は明るい笑顔で笑っている。
すず(私とは縁がない人だと思ってたのに。不思議だな)
すず微笑む。柔らかくほのぼのした雰囲気のコマ(※次のシーンと正反対にするために)
 

◯颯の家のリビング・タワマン、お金持ちの雰囲気・夜
ヒキ・荒れ果てたリビング。花瓶が割れて水たまりができていたり、ぐちゃぐちゃと荒れ果てていて、部屋は暗い。月明かりだけが入っている部屋。
 
綾野母が部屋の真ん中で泣きわめいている。
部屋の隅でぼんやりと立って母を見つめている颯。
綾野母「最近仕事が入るようになってきたのに! まさかすっぽかすなんて……! これで干されたらどうするのよ!」
綾野母ヒステリックに叫ぶ。颯、感情のないうつろな目。
 
颯「……ごめん」
綾野母「なんとか許してもらえたけど! あなたの代わりはいくらでもいる業界なのよ! あなただって知ってるでしょう!」
ヒキ 暗い部屋飾られた写真は子役時代の颯の宣材写真たち。
 
綾野母「十七年頑張ってきて、ようやく……!ようやくチャンスがまわってきたのに、なんでこのタイミングでこんな病気に!」
颯、何も言わずに目を閉じる。
颯「仕事はちゃんとやるから、ごめん」
綾野母、颯まで近寄ってきて泣きながら抱きつく。
 
綾野母「ごめんね……颯のために厳しく言ってるだけなの……」
颯、虚ろな顔でされるがままにされている。