プロローグ

〇ヒキ・誰もいない教室・放課後夕方

カーテンが揺れる窓際に(はやて)とすずが立っている。

モノローグ(一日一回。私は、好きではない人とキスをする――。)

颯、すずに近づき肩に右手を乗せる。すず、息をのんでぎゅっと目をつぶる。
無表情の颯少しかがんで、すずの唇にそっとキスをする。
 


【表紙絵・タイトル】


第一話 最低なファーストキス


〇すずの部屋・朝

着替えをしているすず。(すずは茶髪のセミロング、可愛らしい雰囲気)
制服のシャツを着ようとして胸元に違和感を感じる。

すず「あれ?」
胸元に六角形(蜂の巣のような)の痣があるのを発見する。※痣のアップ。

すず「こんなところに痣なんてあったっけ」
すず考える仕草をするが、思いつかない。

すず「どこかぶつけたかな。ってもうこんな時間!」
時計を見上げて慌てた表情になり、急いでシャツのボタンを留めて、部屋をバタバタと出ていく。

すず(この痣が私の生活を一変させるなんて。この時は全く気付いていなかった)



〇ガヤガヤとした学校の教室・朝。

窓際の席に座っているすずが荷物を机に入れている。

希実「すず、おはよー!」
黒髪の友達・希実(のぞみ)が登校して、すずの席のもとにやってくる。

すず「おはよう」
希実「すずが貸してくれた漫画、すっごくよかった!」
すず「でしょ。クールな先輩がヒロインだけに見せる笑顔、最高だよね」
希実「最高だったー!」「これありがとうね」

二人は楽しそうに盛り上がる。希実、カバンから漫画を取り出してすずに返す。そしてさらに漫画を取り出してすずに渡す。

希実「今回、私が紹介する漫画はこれ!」
すず「花蜜病、運命のつがい。あ、これ最近流行ってるやつ?」
すずは渡された漫画を見る。ドレスを着た女性の瞳から花びらがこぼれている表紙。

希実「そうそう、お伽話が元なんだって」
すず「わあ、ありがとう」
すず嬉しそうにパラパラと漫画をめくろうとすると、クラスメイトがきゃあきゃあと騒ぎながら窓辺に押し寄せてくる。

クラスメイト1「颯先輩がきたみたい!」
クラスメイト2「はあ、ほんとかっこいい」
すず自分の席から窓の外を見る。

窓の外の颯のアップ。(長身、黒髪、クールな印象)

すず(綾野颯先輩。彼を知らない人はこの学校にはいない。最近ドラマに出始めたり、モデルとしての活動もしているみたい)
希実「わ、たくさん人が集まってきた」
歩いている颯に生徒たちが集まっている。無表情で歩き続ける颯。

希実「目の保養だよねー」
すず「うん」

すず(私には関係のない人だけど。少女漫画のヒーローみたいな人、現実にもいるんだなって思えてちょっと嬉しい。
高校二年生になって初恋もまだな私だけど。
いつか私も、漫画みたいな素敵な恋が出来たらいいなあ)

窓の外をぼんやりと見つめながら夢を膨らませるすず。
デフォルメ絵のすずが漫画をぎゅっと抱きしめる

すず(でも今の私は漫画があればそれでいいもんね)



〇すずの部屋・夕方

すず、ベッドに正座している。希実から借りた漫画に一礼する。

すず(今日一日これを読むのずっと楽しみにしてたんだよね♪)
崇め終わると、わくわくして漫画を開いていく。

すず(むかしむかし花蜜病という奇病がありました。)
漫画のイラスト。中世ヨーロッパの雰囲気のドレス姿の女性が涙をこぼすと、花びらになる。

すず(花蜜病は、人間が花に変わってしまう病気。最初は香水のような花の香り。進行すると涙や汗が花びらに変わる。末期になると身体中に花が咲き誇り、花がすべて散ると人間ごと消えてしまう)
漫画のイラスト。全身に花が咲いているドレス姿の女性→花びらとドレスだけ残って人間の姿がなくなる。

すず(必ずペアで発症する病。症状が現れるのは『フローラ』だけ。もう片方の『アピス』は病を患うのではなく『フローラ』の特効薬となる。『アピス』がキスをすると毒素を吸い出すことができ、進行を止められる)
漫画のイラスト。ドレスの女性にキスをしている王子様のような男。二人の背景には模様が描かれていて、女性の後ろには薔薇の模様。男性の後ろには六角形の模様。

すず(あれ……? この六角形どこかで見たような……?)

すずが首をひねっていると、扉をノックする音と同時にすず母が慌てた様子で入ってくる。

すず母「すず。大事な話があるとお客様が来ているの。下まで来てくれる?」
すず母、思いつめた表情。すず、動揺しながらも頷く。




〇すずの家のリビング

スーツ姿の男女がダイニングテーブルに座っている。その後ろには、白衣を着た男女二人組も立っていた。
ただごとではない異様な空気にすず不審に思いながらもテーブルに座る。隣に座った母の顔色は悪く小さく震えていた。

スーツ姿の男「はじめまして、大久保すずさん。私たちは国立保健研究所の者です。私は山田と申します」
真面目そうな中年男性がすずに微笑みかけながら名刺を渡す。すず、戸惑う表情。

山田「単刀直入に申し上げます。あなたがフローラシンドロームの『アピス』だということがわかりました」
すず「アピス……?」

すず(その名前、どこかで……)

すず「あ、花蜜病」
すずが思いだして呟くと、男性はニコッとすずに笑いかけた。

山田「ご存じでしたか。そうです、その花蜜病と同じです」
すず驚いた顔になる。焦った表情で
すず「でもこれはお伽話では……」

山田「いえ。現代にもあるのです。年に一組ほどだったのですが。ここ数年で年間二十組ほど見つかるようになりました」
スーツ姿の女性「そのため周知目的で最近花蜜病の漫画を発刊していたのです」
山田「いや、あなたが読んでいてよかった。話が早い」

クールな表情の三十代の女性とにこやかな山田。すずは目を見開いたまま。

すず「つまり、えっと……」
山田「そうです。命の危険がある『フローラ』が存在します。あなたのペアの――」

すず、真っ青になる。

山田「そのため『アピス』であるあなたに協力を頼みたいのです」
すず「まさか……」

すず(漫画ではキスをする、と……)

山田「ええ。ご想像の通りです」
すず、驚愕の表情で口を抑える。

すず(そこからは内容を淡々と伝えられた)

すずが黒塗りシルエットとキスをしているイラスト。
すず(アピスである私は定期的にフローラとキスしないといけないこと)

薬と注射器のイラスト。
すず(過去は永続的にキスをしなくてはいけなかったけど、今は早ければ三ヵ月ほどで特注の特効薬が完成すること)
すず(だから数ヵ月の間だけ、協力してほしいということ)

すず母「そんな……」
涙目のすず母に、山田が書類を出す。

山田「もちろん協力いただいた分、国から報奨金は出ます」
すず母「そういう問題ではありません」
書類を突き返すすず母。すずはそれを見守りながら、目を閉じる。

先ほどの漫画のイラストを思い出す。肉体が消えてドレスと花びらだけになったイラストを。
すず、意を決した表情になる。

すず「ううん、お母さん。私、やるよ。だって私がやらなきゃ、その人は死んじゃう」

すず母「すず……」
山田「ご協力ありがとうございます。では今後の特効薬開発のためにこの場で採血などをいたしますね」

山田はニコッとすずに笑顔を向けて、後ろに控えていた白衣の男女に指示を出す。
はっきりと言ったもののの、震えが止まらないすず、すず母が肩を抱く。

山田「それではこちらの書類にサインを。了承が得たことはフローラにも伝えますので、また明日以降連絡が入るかと」
事務的に手続きを進める山田。すずの採血をするために動く白衣の人間たち。

すず茫然としながらそれを見つめている。

すず(それは私の人生が一変した瞬間だった)



〇学校の応接間・朝

一人で応接間で待たされているすず。うつむいている。

すず(登校するなり、応接間に連れてこられた。アピス関連のことかな)
すず(え……すごく甘い香り)
すず顔をあげる。花の香りが応接間に漂ってくる。

コンコンと扉がノックされて、校長、教頭、昨日のスーツ男女、神経質そうな中年女性(スーツ姿・美魔女風)も入ってくる。中年女性はドカッとすずの前に座る。他の人々は立って机を囲んでいる。

神経質そうな女性「この子がアピス?」
山田「ええ、大久保すずさんです」
神経質そうな女性、値定めするようにすずをじろりと見る。たじろくすず。

すず(な、なに……)
山田「こちらは綾野さん。あなたのフローラのお母さまで、マネージャーでもあります」
すず(綾野……?マネージャー?)

面食らった様子のすず。スーツ姿の女性が入口の扉を開けると、綾野颯が入ってきた。
綾野の姿アップ。無表情ですずを見下ろしている。

すず(え……?)

颯「……」
颯、すずの前に座る。二人の目が合う。

綾野母「颯、泣きなさい」
すず「えっ?」
綾野母の命令に颯は動じる素振りもなく、目を一度閉じて開くと、颯の瞳から白い花びらがこぼれた。

すず「あ……!」
漫画のイラストを思い出してすずは青ざめる。
すず(本当なんだ……このままじゃ、綾野先輩の身体は花に変わって……)

綾野母「この通り、綾野颯はフローラです」
すず「綾野、先輩が……フローラ……」
いまだに驚いた表情のすずを見て、綾野母、眉を吊り上げて睨む。

綾野母「勘違いはしないようにね。この三ヵ月間のことだけだから」
山田「綾野さん、大久保さんは協力してくださる方ですから……」
綾野母「颯は売り出し中の俳優なのよ。同じ高校の生徒とキスするだなんて、マスコミにばれたら……」

ヒステリックな表情の綾野母。山田はなだめている。颯はその様子を無表情で見つめている。
すず慌てた必死な表情で
すず「あの、私。誰にも言いません、大丈夫です!」

颯、すずを見る。綾野母、じろりとすずを見る。
綾野母「本当かしらね。颯とキスできるなんて話、飛びついたんじゃない?」
山田「綾野さん……!彼女は相手を知らないまま了承してくださったんですよ」
山田、綾野母をなだめる。

綾野母「まあいいわ。颯、大久保さん。今ここでキスしてくれるかしら?」
すず「えっ……!?」
颯「……っ!」
すず、颯、驚いた表情を浮かべる。綾野母は片眉をあげる。

綾野母「これは事務的な医療行為のキスなんですから」
颯「……母さん」
嫌悪感を顔に出して颯がたしなめるような声をあげる。

綾野母「異論がありますか? どちらにせよ誰かが音頭をとらないと。まさかロマンチックなキスをするわけじゃあるまいし」
高圧的な表情で綾野母はまわりを見渡す。その場にいる大人たちはきまずそうな表情を浮かべる。

颯「……だけど」
すず「できますっ!」
すず、立ち上がる。震える手を自分の手で抑える。颯、目を見開いてすずを見上げる。

すず「あの私、協力します、大丈夫です」
山田「大久保さん……」
気遣うような表情を浮かべる山田。

颯「……っ」
苦しそうな表情の颯、目をつむって覚悟を決めると立ち上がりすずの前に立つ。

すず(泣いちゃだめだ……。震え、止まれっ……! 本当に不安なのはフローラの綾野先輩なんだから……)

颯、すずの肩に手をかける。すずの震えに気づく表情。
すず、ぎゅっと目をつむる。颯は顔を近づけていく。

すず(ファーストキス、憧れてた。いつか、好きな人と、って……。少女漫画みたいに素敵な……)

ヒキ。大人たちに囲まれた中で、二人がキスする。

すず(私が憧れていた、夢見てた、ファーストキスは……見世物みたいで、事務的で、最低なキスでした)

すずの顔アップ。ぎゅっと瞑った目じりに涙が浮かぶ。