「もぉー、ココどこに行ってたのー? 探したんだよ」
「あ、ごめん、ちょっと」

 教室に戻ってくると、わたしの席で待っていたよしみんがぷくっと頬を膨らませて怒る。

「部活いこ」
「今日は、体育館行かないの?」
「行かない」
「あ、そっか」

 眉間の皺がなかなか消えないよしみんの表情に、わたしは戸惑ってしまう。
 もしかして、よしみん、ヨシトにフラれたと思ったりしてないかな? ヨシトは保留にしたけど、よしみんからの告白は嬉しかったようだし、そうだったらまずいかも。
 ぐるぐると頭の中で思考を巡らせていると、前からヨシトが歩いてくるのが見えた。よしみんが立ち止まるから、わたしも足を止めた。

「よしみちゃん、ちょっといい?」
「え……」

 よしみんの目の前まで来ると、ヨシトがそう言って、よしみんの横をすぐに通り過ぎていく。わたしと目を合わせると、決心したような瞳で頷くから、わたしはヨシトが告白の返事をする決意を固めたんだと、緊張が走った。

「……ココ」

 不安そうに振り返ったよしみんは、今にも泣き出しそうだ。だけど、わたしは二人がうまくいくことを知っている。だから、心配はいらない。

「大丈夫、行っておいで」

 震えるよしみんの手をきゅっと握りしめて、わたしは笑顔で背中を押した。
 小さく頷いて、よしみんはヨシトの背中を追いかけて行った。廊下を曲がるまで見届けると、なんだかホッとしてしまって、深いため息が出た。

「綿瀬」

 急に名前を呼ばれて、わたしは驚いて飛び跳ねるように後ろに振り返る。

「大丈夫?」
「……飴沢……くん?」

 すぐ後ろに、飴沢くんの姿があって、さらに驚く。昨日と同じく、困ったようにわたしに「大丈夫?」と聞いてくる。
 そんな顔をしている飴沢くんの方が、大丈夫? と聞きたくなってしまう。

「……大丈夫、だよ?」
「無理してない? 昨日から」
「え……?」

 一体、なんの話だろう? 飴沢くんがわたしを心配してくれる理由がわからなくて困ってしまう。

「ちょっと、来て」
「え、」

 急に掴まれた腕。
 飴沢くんの手はバスケットボールを片手で持てちゃうくらいに大きい。わたしのひょろっとした手首が力強く引かれて、戸惑いながらも、高まっていく心臓の音に押しつぶされそうになりながら、わたしは飴沢くんについて行く。
 夢中で進んできて、たどり着いたのはバスケ部部室前。

「ちょっとそこで待ってて」
「え、あ、うん」

 腕を離して、パタンっと部室の中に消えて行った飴沢くん。わたしは呆然として、閉まったドアを見つめるしかない。
 何が起きたのか、突然のことで驚いてしまう。ようやく、飴沢くんとここに二人きりだという事態に気がついて、一気に顔に熱が集中する。頭の中が混乱し始めた。

 このままここで待っていても大丈夫だろうか。逃げ出したくなっていると、ガチャッと、ドアが開く音がした。
 飴沢くんが出て来て、手にはなにかを持っている。

「綿瀬、とりあえず元気出せ。これやるから」
「……え?」

 差し出されたのは、袋に入った駄菓子屋さんで売っているわたあめ。

「好きなんだろ? ヨシトのこと。よしみに取られて悲しくなってんじゃねーかなって思って。だから、これ、やる」

 わたしにわたあめを近づけて、早く取れと言わんばかりに見つめてくるから、慌てて受け取った。

「一年の時隣の席だった時あっただろ? そん時に言ってたじゃん。綿瀬と飴沢でわたあめみたいだなって。そしたら、綿瀬、わたあめ大好きって言ってたから」

 みるみる間に、飴沢くんの頬から耳までがじわじわと赤みが広がっていくのを見届けてしまう。

 覚えていてくれたんだ。
 隣の席だった事も、わたしと話した事も。
 嬉しい。

 思わず込み上げてくる涙をグッと堪えながら、わたしはわたあめを抱えて飴沢くんに笑顔を向けた。

「ありがとう。大好き」
「え?! ……あ、ああ、わたあめ、な……」

 うん、わたあめも飴沢くんも大好き。
 飴沢くんが勘違いしているのは、わたしがヨシトを好きってこと。親友のよしみんに好きな人を取られちゃったってこと。
 どっちもほんと、大きな勘違い。だけど、そのおかげで、飴沢くんが優しくしてくれた。
 やっぱり、わたしは飴沢くんが大好き。

「あいつらと一緒にいるの辛い時は、俺んとこ来たら良いよ」
「……うん、ありがとう」

 飴沢くんを好きになって良かった。
 勘違いしている優しい飴沢くんを騙すつもりはないけれど、もう少しだけ、わたしはヨシトが好きだってことにしておこう。
 だって、そうしたらまた「大丈夫?」って気にしてもらえそうだから。ずるいかもしれないけれど、わたしには、まだまだ告白する勇気は出ないから。

「飴沢くんこそ、よしみんのこと、いいの?」

 ドキドキと苦しい心臓を押し込んで聞いてみる。

「え? よしみ? なんで?」

 首を傾げる飴沢くん。あれ? この反応は、よしみんに恋心はない? 

「飴沢くん、よしみんのこと、好きじゃないの?」
「は?! んなわけねーし。あいつは友達! みんな周りがチヤホヤしすぎなだけ。俺大きい女興味ねーし」
「え、小さい方がいいの?」
「そりゃ小さい方がかわいい……」

 そこまで言ってから、わたしに視線を落とした飴沢くんは横を向いて「なんでもないっ」とまた耳を赤くしている。
 そんな反応をされると、困ってしまう。どう言葉を返したら良いのか分からなくなって俯いてしまうと、ガヤガヤと声が聞こえてきて、「あ、飴沢くん、ありがとう」と、逃げるように部室から離れた。

 部活が始まる直前、戻ってきたよしみんは今まで見た事もないような幸せいっぱいのオーラを纏っていた。満面の笑みでヨシトからオッケーをもらえたと報告してきた。わたしはというと、ボーッとしてしまって練習どころではない。

「……どうしたの? ココ」
「え、あ、いや」

 さっきから飴沢くんの「かわいい」の言葉が頭の中で繰り返し聞こえてきてしまっている。
 反射的に熱のこもる頬を抑えた。

「なんか、あった?」

 眉を顰めつつ、楽しそうなよしみんの顔にあたしは飴沢くんとのことを話すことにした。

「なにそれ! もう好き確じゃんっ」
「……す、好き、かく?」
「好き確定! やっぱりソウジ、ココのこと気になってたんじゃん。あいついつもはぐらかしてたから」
「いやいや、そ、それは分かんないってば。単にあたしがヨシトのこと好きだって勘違いして慰めてくれただけなのかもしれないし」
「いや、あいつそこまで気が利くやつじゃないから」

 だとしたって……。

「もしかして、あいつ自覚ないかも?」
「え?」
「うん、絶対ない!」

 一人大きく頷き、よしみんは立ち上がる。

「よし、行こう!」
「え?! 行くってどこに?」
「ソウジのとこ!」
「え、ええええぇぇぇぇ───!」

 行動的なよしみんには付いていけないよぉ。
 そうは思いつつも、連れられてきたのは体育館前。部活が終わって中には誰もいない様子。覗き込んでいたわたしたちの後ろから「何やってんの?」と声がした。振り返ると、ヨシトと飴沢くんがいた。

「部活終わったの? もしかして迎えにきてくれた?」

 ヨシトが嬉しそうによしみんに近づく。今朝まではあたしにばかり話しかけていたのに、よしみんと想いが通じたことで、二人の距離がすごく近くなった気がする。

「うん! 一緒に帰ろうっ」

 迷わず伸ばした手を取り繋ぐよしみんに、ヨシトは驚いている。幸せそうな二人が微笑ましく見えた。

「あ、なぁソウジ。ココのこと送ってやってくんない?」
「は?」
「ココ、これからはヨシミのことは俺に任せといて。で、今日からソウジのことよろしく頼むわ」
「へ?!」

 ニコニコの笑顔で手を振られて、二人は歩いて行ってしまうから、わたしはただただ呆然と立ち尽くしてしまうだけ。

「……綿瀬が嫌じゃなかったら、帰る? 一緒に」
「え?!」

 目の前で、また耳まで真っ赤にして目を逸らしてしまう飴沢くんに、わたしは心臓が飛び出そうになりながらも、何度も頷いた。

「か、帰るっ! 一緒に」

 意気込んで返事を返したわたしに、飴沢くんが照れ笑いしながら歩き出す。

「今日さぁ──」

 他愛無い会話からはじまる、わたしと飴沢くんの帰り道。
 少しずつ、この距離が縮みますようにと、カバンの中に入っているわたあめを開けるのを楽しみにしながら、並んで歩いていく。
─fin