部活を終えて空を見上げると、今にも雨が落ちてきそうな黒い雲が広がっていた。
「うわぁ、降るねこれ。ココ傘持ってきた?」
「持ってない……」
「あたし折りたたみ傘持ってるけど、ココと逆方向だしなぁ」
話しているうちに、ポツポツと雨粒が落っこちてきた。
「あれ? ココじゃん。もしかして傘ない?」
昇降口の外に出て困っていると、傘をさしたヨシトがバスケ部仲間と現れた。
「うん、雨降ると思ってなかったから」
「一緒に入ってく?」
「あ、いや、でも」
隣によしみんがいるのに、それは出来ない。
「ヨシトくん! ……あたしのこと、送ってくれない?」
「……え」
いきなり、よしみんがわたしの前に一歩出ると、ヨシトに向かって言った。
いつも堂々としていて余裕のあるよしみんの後ろ姿が、小鹿みたいに震えているように見えた。
「これ、あたしの折りたたみ傘、ココに貸すから、お願い」
カバンから取り出した淡いピンク色の折りたたみ傘をわたしの胸元に突き付けると、ヨシトの傘の中に入り込んでしまった。
よしみんの行動力に呆然としていると、ヨシトが耳を赤くして困った顔をしているから、わたしは笑って手を振る。
「ヨシト、よしみんのことよろしくね」
「え……あ、うん。分かった」
たぶん状況を理解出来ずに混乱したままだ。
ヨシトは隣に並ぶよしみんのことを、濡らさないように気をつけながら帰って行った。
凄いなぁ、よしみんの行動力。あたしには到底真似できない。これでヨシトもよしみんの気持ちに気がつくはず……と、言うか、もしかしたらこの勢いでよしみんは告白するのかもしれない。
雨足が強くなり始めて、わたしは折りたたみ傘を広げた。
「あれーっ? マジか、もうみんな帰ったのかよ」
バタバタと後ろから足音が聞こえてきて、振り返ると飴沢くんがいた。すでに校門近くまで行ってしまった部員たちの帰っていく後ろ姿に、愕然としている。わたしは慌てて前を向いた。
「……あ、綿瀬?」
折りたたみ傘で、わたしの顔は見えないと思ったのに、飴沢くんが声をかけてくれる。
「あれ? あれって、ヨシトとヨシミじゃん? なんで二人で帰ってんの?」
遠くの二人に気がついた飴沢くんに、わたしはマズイと心臓がバクバクと音を立て始めた。
飴沢くんは、もしかしたらよしみんのことが好きかもしれないのに。それなのに、あの二人が一緒に帰るところを目撃してしまったら、きっとショックに違いない。不安になって傘の陰から飴沢くんの表情をそっと覗いてみた。
「……綿瀬、大丈夫?」
「……え?」
わたしが心配するように、飴沢くんも心配そうに眉を下げてこちらを見ているから、驚いた。
「あいつ優しいからなぁ。綿瀬は傘持ってるし、よしみのこと送ってくって言ったんだろ?」
「……え、あ」
それは違うな。
「俺は走ってくから、綿瀬、風邪引くなよ」
「え! ちょっ……」
引き留める間もなく、飴沢くんは強く降り付けて来た雨の中、バシャバシャと水たまりを蹴って行ってしまった。
「風邪引くなよは、飴沢くんの方だよ」
次の日、わたしはヨシトに呼ばれて普段あまり使われていない学校の外階段にいた。
「昨日さ」
「うん」
しばらく黙っていたヨシトがようやく口を開く。昨日よしみんと帰った後にどうなったのか、気になっていた。よしみんとはいつも通りに話したけど、昨日のことに全く触れてこないから、わたしから聞くのもなにか違う気がして、聞けずにいた。
「よしみちゃんに告白された」
戸惑うように目を泳がせるヨシトに不安になる。ヨシトの姿からは、嬉しいとか喜びとか、そう言った感情が見受けられなくて、ただただ、困惑しているみたいに見えた。
もしかして、ヨシトはよしみんのこと、好きじゃなかった? 他に好きな子がいたりした? 頭の中にいろんな疑問が浮かび上がった。
「なんで俺なんだろ? あんなに可愛くて誰にでも接しやすくてモテるのに。なんで俺なんだろうって、不思議に思ってさ、返事……すぐに返せなかった」
眉を下げて、悔しそうにするヨシトに、わたしは不安の渦巻く胸の中が晴れていくのを感じた。
やっぱり、ヨシトはよしみんのことが好きなんだ。だけど、相手は超モテる人気者で、きっと嬉しさよりも、疑問の方が上回ってしまったんだろう。
「ヨシトは、よしみんのことどう思ってる?」
「そりゃ、可愛いと思うよ。みんなに優しいし、ココとも仲良くしてくれてるし。毎日のように体育館覗きに来るのは、誰か目当ての人がいるからなのかなって思ってた。それが、まさか俺だったってのに、驚いちゃって」
「はぁ」と、ため息を吐いてヨシトはしゃがみ込んだ。
「あんなにあからさまな態度とってたのに、意外とヨシトって鈍いんだねーっ」
「わかんねーって、俺なんかと話す必要もないだろと思って、いっつもココにしか話しかけてなかったのに」
「うん、よしみんずっとヨシトはわたしが好きなんだって勘違いしてたんだよ」
「はぁ?! まじ?」
今の反応で、完全にわたしへの恋心がないことが分かる。まぁ、なんか、悲しくはないけど寂しい気はする。
「どうしたらいい? 俺」
頭が良くていつも優しくて、みんなに愛想がいいヨシト。背も高くて大人びているから意外とモテているのに、本人は自覚がない。
頭を抱えてしまったヨシトに、わたしは「仕方がないな」と呟きつつ、しゃがみ込んだ。
「ヨシトがよしみんのこと好きなら、両想いなんだから、自信持って!」
トンっと肩を叩くと、困ったように照れ笑いするヨシトがかわいく見えてしまって、ふわふわの猫っ毛を撫でた。
「うわぁ、降るねこれ。ココ傘持ってきた?」
「持ってない……」
「あたし折りたたみ傘持ってるけど、ココと逆方向だしなぁ」
話しているうちに、ポツポツと雨粒が落っこちてきた。
「あれ? ココじゃん。もしかして傘ない?」
昇降口の外に出て困っていると、傘をさしたヨシトがバスケ部仲間と現れた。
「うん、雨降ると思ってなかったから」
「一緒に入ってく?」
「あ、いや、でも」
隣によしみんがいるのに、それは出来ない。
「ヨシトくん! ……あたしのこと、送ってくれない?」
「……え」
いきなり、よしみんがわたしの前に一歩出ると、ヨシトに向かって言った。
いつも堂々としていて余裕のあるよしみんの後ろ姿が、小鹿みたいに震えているように見えた。
「これ、あたしの折りたたみ傘、ココに貸すから、お願い」
カバンから取り出した淡いピンク色の折りたたみ傘をわたしの胸元に突き付けると、ヨシトの傘の中に入り込んでしまった。
よしみんの行動力に呆然としていると、ヨシトが耳を赤くして困った顔をしているから、わたしは笑って手を振る。
「ヨシト、よしみんのことよろしくね」
「え……あ、うん。分かった」
たぶん状況を理解出来ずに混乱したままだ。
ヨシトは隣に並ぶよしみんのことを、濡らさないように気をつけながら帰って行った。
凄いなぁ、よしみんの行動力。あたしには到底真似できない。これでヨシトもよしみんの気持ちに気がつくはず……と、言うか、もしかしたらこの勢いでよしみんは告白するのかもしれない。
雨足が強くなり始めて、わたしは折りたたみ傘を広げた。
「あれーっ? マジか、もうみんな帰ったのかよ」
バタバタと後ろから足音が聞こえてきて、振り返ると飴沢くんがいた。すでに校門近くまで行ってしまった部員たちの帰っていく後ろ姿に、愕然としている。わたしは慌てて前を向いた。
「……あ、綿瀬?」
折りたたみ傘で、わたしの顔は見えないと思ったのに、飴沢くんが声をかけてくれる。
「あれ? あれって、ヨシトとヨシミじゃん? なんで二人で帰ってんの?」
遠くの二人に気がついた飴沢くんに、わたしはマズイと心臓がバクバクと音を立て始めた。
飴沢くんは、もしかしたらよしみんのことが好きかもしれないのに。それなのに、あの二人が一緒に帰るところを目撃してしまったら、きっとショックに違いない。不安になって傘の陰から飴沢くんの表情をそっと覗いてみた。
「……綿瀬、大丈夫?」
「……え?」
わたしが心配するように、飴沢くんも心配そうに眉を下げてこちらを見ているから、驚いた。
「あいつ優しいからなぁ。綿瀬は傘持ってるし、よしみのこと送ってくって言ったんだろ?」
「……え、あ」
それは違うな。
「俺は走ってくから、綿瀬、風邪引くなよ」
「え! ちょっ……」
引き留める間もなく、飴沢くんは強く降り付けて来た雨の中、バシャバシャと水たまりを蹴って行ってしまった。
「風邪引くなよは、飴沢くんの方だよ」
次の日、わたしはヨシトに呼ばれて普段あまり使われていない学校の外階段にいた。
「昨日さ」
「うん」
しばらく黙っていたヨシトがようやく口を開く。昨日よしみんと帰った後にどうなったのか、気になっていた。よしみんとはいつも通りに話したけど、昨日のことに全く触れてこないから、わたしから聞くのもなにか違う気がして、聞けずにいた。
「よしみちゃんに告白された」
戸惑うように目を泳がせるヨシトに不安になる。ヨシトの姿からは、嬉しいとか喜びとか、そう言った感情が見受けられなくて、ただただ、困惑しているみたいに見えた。
もしかして、ヨシトはよしみんのこと、好きじゃなかった? 他に好きな子がいたりした? 頭の中にいろんな疑問が浮かび上がった。
「なんで俺なんだろ? あんなに可愛くて誰にでも接しやすくてモテるのに。なんで俺なんだろうって、不思議に思ってさ、返事……すぐに返せなかった」
眉を下げて、悔しそうにするヨシトに、わたしは不安の渦巻く胸の中が晴れていくのを感じた。
やっぱり、ヨシトはよしみんのことが好きなんだ。だけど、相手は超モテる人気者で、きっと嬉しさよりも、疑問の方が上回ってしまったんだろう。
「ヨシトは、よしみんのことどう思ってる?」
「そりゃ、可愛いと思うよ。みんなに優しいし、ココとも仲良くしてくれてるし。毎日のように体育館覗きに来るのは、誰か目当ての人がいるからなのかなって思ってた。それが、まさか俺だったってのに、驚いちゃって」
「はぁ」と、ため息を吐いてヨシトはしゃがみ込んだ。
「あんなにあからさまな態度とってたのに、意外とヨシトって鈍いんだねーっ」
「わかんねーって、俺なんかと話す必要もないだろと思って、いっつもココにしか話しかけてなかったのに」
「うん、よしみんずっとヨシトはわたしが好きなんだって勘違いしてたんだよ」
「はぁ?! まじ?」
今の反応で、完全にわたしへの恋心がないことが分かる。まぁ、なんか、悲しくはないけど寂しい気はする。
「どうしたらいい? 俺」
頭が良くていつも優しくて、みんなに愛想がいいヨシト。背も高くて大人びているから意外とモテているのに、本人は自覚がない。
頭を抱えてしまったヨシトに、わたしは「仕方がないな」と呟きつつ、しゃがみ込んだ。
「ヨシトがよしみんのこと好きなら、両想いなんだから、自信持って!」
トンっと肩を叩くと、困ったように照れ笑いするヨシトがかわいく見えてしまって、ふわふわの猫っ毛を撫でた。