わたしには、好きなひとがいる。

 いつも元気いっぱいで、笑顔が可愛くて。
 大好きなバスケを頑張るために、少しでも背が伸びるようにと、給食の牛乳をたくさん飲んだり、つま先立ちで歩いていたりするような頑張り屋さん。
 中学一年の時に偶然隣の席になれて、その時に話しかけてくれた飴沢(あめさわ)くんのことが、わたしはずっと気になっている。

 二年生になるとクラスは別。親友よしみんのおかげで、たまに廊下で会えたりするけれど、緊張してしまって、八割方ほとんど記憶がない。

「ヨシミちゃん! 僕と付き合ってください」
「あたしね、好きな人がいるの。鈴木くんにはあたしよりも素敵な子が現れると思うよっ、だからごめんなさい」

 教室後方。堂々たる告白を受けて、あっさりと嫌味のない返事が聞こえてくる。鈴木くんが潔く諦めて去って行くのが見えた。
 カバンを肩にかけると、わたしは自分の席から立ち上がった。

「ごめんココ! お待たせ。行こっか」
「うん」

 サラッサラのロングヘアーを耳にかけながら、颯爽と前を行くよしみんは、先ほど告白を受けていたわたしの親友。
 可愛くてスタイルのいいよしみんと友達になれたのは、同じソフトテニス部でペアも組んでいるから。自然と仲良くなって、今はクラスも同じだし一緒に過ごす時間が一番長い。


 入学してから今まで、よしみんは先輩後輩、同級生と、すでに二桁に上る数の男の子から告白をされている。
 だけど、よしみんは誰とも付き合わない。なぜなら、よしみんが好きなのは、あたしの幼なじみのヨシトだからだ。
 肝心のヨシトからはまだ告白をされていないらしい。いつもよしみんのこと「かわいい」って言ってるんだけどな。

「ねぇ、ココ。体育館寄って行かない?」
「うん、いいよ」

 わたしが頷くと、よしみんは鼻歌を歌いながら体育館を目指す。
 もちろん、お目当てはバスケ部。
 よしみんがヨシトのことを好きなおかげで、わたしまで飴沢(あめさわ)くんのバスケ姿を見ることができるから、感謝しかない。

「あれ? ココ体育館に用事?」

 バスケットボールの入ったカゴを押しているヨシトとばったり出くわして、隣にいるよしみんに視線を送った。
 瞳がキラキラと嬉しそうに煌めいているから、分かりやすいなぁと苦笑い。

「ちょっとね、部活が始まる前の見学」
「なにそれ? 面白いね」

 体育館の中から「早くボール持ってこーいっ」と呼ばれて、ヨシトは急いで行ってしまった。

「あー、あたしも話したかったのにぃ」

 ガッカリと体育館の中に走っていくヨシトの後ろ姿を見つめながら、よしみんがため息を吐いた。
 悩ましげな表情をしているだけで絵になってしまうから、周りを歩いている男の子たちはみんな振り返ってよしみんに視線を向ける。
 ヨシトだって、そんなよしみんの魅力には気が付いていると思うんだけど。

「どうして好きな人には、想いが通じないんだろうね……」

 じっと眉を顰めてこちらを見られても、ヨシトの気持ちは分からないから、答えようがない。

「絶対、ヨシトくんってココのこと好きだよね」
「あ! また出ました、それ。絶対にないから」
「……どうして言い切れるの? 今だってあたしのこと無視だよ? ココとばっかり話してさぁ」

 若干拗ねてしまったよしみんが、少し面倒くさい。確信はないけれど、ヨシトはよしみんのことを気になってるはずなんだよね。
 わたしと話している時は必ず話題に出るし、評価もいい。ただ、オーラが凄過ぎて話しかけられないって言っていた。「よく友達出来てるね」って、わたしが褒められる始末だ。

「さ、じゃあヨシトくんに会えたし、行こっか」
「え!」

 ま、待ってよ! それじゃあよしみんしか満足してないじゃんっ。わたしだって飴沢くんに会いたいんだけど。
 そんなことを思っていたからか、前から歩いてくる飴沢くんの姿を見つけて、あたしはよしみんの影にとっさに隠れた。

「あ! ソウジお疲れ様っ。なにダルそうにしてんの?」
「昼メシの牛乳飲み過ぎて気持ちわりぃの……」
「うわ……そんななるまで身長ほしい? これからまだ伸びるでしょ」

 青白い顔をしてお腹を抱える飴沢くんより少し背の高いよしみんが、背比べをしている。

「お前な、自分が背でかいからって自慢してんじゃねぇ」
「女はデカくてもねー、ココみたいにちっさい方が可愛いよね」

 戸惑っていたわたしの肩を掴んで、飴沢くんの前に差し出されるから、驚いて「ひっ!」と言ったきり黙り込んでしまう。
 身長百五十センチのあたしと、推定百六十センチの飴沢くんの距離はだいぶ近い。見下ろされて、頭のてっぺんまで血が上って茹で上がりそうだ。

「まぁ、小さい方が、な」

 胸の辺りを摩りながらそう言って、飴沢くんは体育館へと入って行った。

「ちょ、ちょっと! いきなりびっくりするから!」
「えー、だっていっつもココあたしの後ろに隠れてなんも喋らないじゃん。あいつ、今ココのことちっちゃくて可愛いって思ったよ」
「は!? いや、そんなこと思うわけないよ。可愛いとか言ってないし」

 前向きに捉え過ぎでしょ、よしみんは。
 チラリと体育館へと視線を向けて、ヨシトと話している飴沢くんを見る。ヨシトは背が大きいから、飴沢くんが小さく見えてしまうけれど、わたしよりは断然大きい。
 よしみんは小学校の頃から飴沢くんと仲がいい。男女関係なく接することができるのが、よしみんのモテる理由なのかもしれない。

 もしかしたら、飴沢くんだって、その一人なのかもしれないし。

 よしみんはヨシトに夢中だから、飴沢くんの想いは叶わないのかなって思うと、自分のことのようになんだか、切ない。
 まぁ、もしそうだとしたら、わたしの飴沢くんへの想いだって、叶わぬ恋になってしまう。

「もう、いっそのこと告白しようかなぁ、あたし」
「え?!」

 サーブ練習の順番待ちをしている傍ら、突然よしみんが呟くから、思わず声が出てしまって慌てて口を押さえた。

「だってー、なんかいつまでもウジウジしてるのやだもん。そうこうしているうちに他の子にヨシトくん取られたらそれこそ立ち直れなくなる。ヨシトくんの彼女は、あたしかココ以外考えられないからね」
「え? わたし?」
「ココだったらギリギリ許せる……」

 テニスボールを握りしめる手が小刻みに震えているのを見て、苦笑いが出る。
 絶対許してもらえなさそう。