どうして彼が謝るんだろう。
怪訝そうな顔で私が見ているのに気づいたのか、彼はそのまま理由を続ける。
「俺らのせいでもある。うちの高校と仲悪いから」
"俺ら"と言う言葉が気になったけれど、特に追求しなかった。
野田が言っていた、喧嘩で有名だという阿久津沢高校の話が頭に浮かぶ。
彼は紛れもなく阿久津沢の生徒の一人なんだ。
さっきのあの動き。
間近で喧嘩を見たのは初めてだった私でも分かる。
彼の素早く、流れるかのような動き。
一瞬の隙をついて相手を吹き飛ばしてしまう力。
音もなく静かに、瞬きをしている間に
目の前の人間が吹き飛んでしまった。
その異常な強さは、この前見た血だらけの彼のイメージとはかけ離れていた。
だけどどうしてだろう。
天塚の人達のように、悪い人って感じは全くしない。
阿久津沢の生徒だとしても、この人はきっと優しい人だ。
私にはわかる。
「…助けてくれてありがとう」
私の拙いお礼を聞いた彼の表情がふ、と柔らかくなる。
「落ち着いたか？」
「うん…。首のとことか、痛いけど平気」
先ほど手をかけられていた部分がジンジンと痛む。
「顎上げて」
首をさする私の手を遮って、彼の指先が喉の辺りに触れた。
びっくりして思わず体を後ろに引いて、目の前にやってきた彼を見ると「あ…、悪い」と、申し訳なさそうに表情を曇らせた。
「び、びっくりしただけ」
目の前に急に美しい顔が現れたのだ。
そしてその手が優しく私の喉に触れている。
「……平気。あなたは怖くない」
その言葉で、彼の顔色が安心に変わった。
