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体の感覚がないまま私は静かに家に向かった。
体の感覚がないのは、さっきの出来事にまだ体がこわばっているから。
「あ…」
なんで、今ここに…
私のアパートの門の前には、誰かを待っている様子の柳がいた。
彼が待っているのは、他の誰でもない私だ。
私に気づいて、少しだけ微笑む彼。
頭の中は、彼への罪悪感で満ちていた。
罪を犯した訳じゃない。
それなのに、彼の顔を見ると胸が苦しくなる。
「アンタを待ってた。悪い、急に来て」
柳は私が持っていた荷物をさりげなく待ってくれた。
「時間が空いたから、会いに来た。嫌だったか?」
彼の言葉に、私は首を振る。
「…どうした…?」
「あ、ううん…なんでもない」
口から出る言葉全てが嘘のように感じてしまう。
柳の瞳を、ちゃんと見ることができない。
「これ、ばーちゃんからアンタに」
家の中に入り柳が差し出したのは、焼き菓子の詰め合わせと紅茶の茶葉だった。
「ありがとう」と言って受け取る。
柳が不安そうな色を瞳に乗せて聞いた。
「何かあったのか?」
隠し通せるなんて思っても見なかったけれど、やはり彼がわたしの異変に気づくスピードには驚いてしまう。
なにもないよ、と言いかけた唇が止まる。
柳は黙った私を隣に座らせゆっくりと私の髪を耳にかけた。
「言いたくなかったら、別に無理に言わなくていい」
その優しさが、私をさらに追い込んだ。
「ごめん、柳。私あなたに謝らなきゃいけないことがある」


