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右手で力一杯殴ると、目の前の男がひとり、吹き飛んだ。
そいつが持っていた鉄パイプが、反動で音を立てて転がっていく。
「あーいってぇ…」
思わず本音がこぼれ出る。
右手拳の感覚がなくなってきた。
向かってくる人々を避け、拳を躱し、ふいをつく。
周りにいた奴がいなくなったと思ったら、また別の奴が殴りかかってくる。
繰り返しても、繰り返しても、人数が減らない。
それに、飛びかかってくる八割が棒やら鉄パイプやらを持っていた。
喧嘩は拳でやるもんじゃねぇのかよ。
まぁでも、目の敵にしてる奴の彼女攫って見せるような奴らだ、喧嘩もクソもねぇか。
視界の隅に意識を向けると、俺と同じように佐百合も疲弊し切っている様子だった。
すると、あさひが人々の間をものすごいスピードで駆け抜けて、俺の横を通り過ぎた。
相変わらず、猿のようにすばしっこい。
あいつの苗字が猿川なのは、偶然じゃないのかもと、彼の動きを見て思う。
大きく跳んだあさひは、次々に天塚に飛び掛かり、人混みの中に一筋の道を作った。
それを見逃さずに俺も加勢する。
「佐百合!行け!」
佐百合が頷いたのとほぼ同時に、力一杯目の前の相手を押し倒した。


