「今この状況で行ったらダメだ。…うちのだってやられてんだぞ」
連絡を受けた内容では、後輩のおよそ10人ほどが同じタイミングで天塚の生徒に襲われたという。
「あっちはわざとお前が1人で来るように仕向けてんだろうが。大人数で待ってるに決まってる」
ぴりぴりとした緊迫した空気が流れている。
佐百合も俺も、苛立っていた。
佐百合が何も言わずに俺の手を振り払う。
止めてもなお、一人で向かう決心を崩さない。
揺れる瞳からは、動揺が感じられた。
「…っおい!いい加減にしろよ」
胸ぐらを思い切り掴む。
佐百合は瞬きひとつしなかった。
「俺だって葉月ちゃんが心配だよ。けど、お前が潰れたら阿久津沢はどうなる?」
佐百合を掴んでわかる、鳥肌が立つような感覚。
彼は今、ものすごい怒りにのまれそうになっている。
こんなに怒りに満ちた姿を見たのは、はじめてだ。
「これはもう葉月ちゃんとお前だけの話じゃねぇ。天塚とウチの問題でもある」
「頼む、もう少し待ってくれ…」と懇願する。
眉根をきゅっと寄せた佐百合から「クソッ…」と小さな声が漏れた。
「お前はウチの頭だろ。俺らを信じろ」
掴んでいた手に込めていた力を徐々にゆるめると、佐百合は長い睫毛を伏せながら大きく息をついた。
「…動ける奴全員集めろ。行くのはそれからだ」
うちのキングがゆっくりと、確かめるように頷く。
飄々とした背中には怒りが滲んでいる。
いつもの優しさはとうに消えていて、ただ冷え切った重苦しい空気だけが佐百合の周りにあるようだ。
あさひが地面を蹴ってどこかへ飛び出した。
きっと、佐百合の指示通りに動くためだ。
最強で、気高い、阿久津沢の白百合。
その姿は、まさにいま
此処にあった。
これこそが、俺らを統べる、阿久津沢のキングだ。


