ゾワリ、と頸の毛が逆立った。

 旦那様は言葉を続ける。


「血を分けた肉親でさえ極刑にできる方だ……儂らの首なぞ……」


 旦那様は言葉を切って、青い顔を今度は白くしてガタガタと震え出した。いつも平静として余裕を他所の商人に見せつけてくる旦那様が、ここまで怯えるような方なのか。

 私は今の状況を分析してみる。

 お嬢様が今日の朝からいなくなったとして、日が傾き始めた今の時間から捜索しようとしても、明日の朝までに見つけ出せない。故郷に向かったのだろうと推測はできてもそれだけで、手がかりもない。


「大事にしても危険か……」

「そうだ、そこなんだ……街の人たちに声をかけて探せば間に合うかもしれないが、董霞様の不興は買いたくない……」


 ひとり言のつもりで呟いた言葉に、旦那様は目頭を揉みながら応えた。あちこちで声をかけて大規模な捜索にすれば見つかる可能性は高くなるが、一方で国主様の耳に入る可能性も高くなる。

 自分を嫌って逃げ出した娘を無理に後宮に入れたとして……その娘がそれからどのような扱いを受けるのかは想像に難くない。

 それだったら、お嬢様だけでも無事に故郷に帰って、情を交わしたお方と幸せになってもらい私たちはこっそり夜逃げして──いやダメだ。普通に追いかけられて捕まる。

 逃げる?