「……行けない」


 本当なら、是が非でも頷きたい。

 でも無理だ。私が“後宮に入ったお嬢様の侍女”である限りは。

 春堅の身体をそっと押した。今度は離れてくれたが、代わりに手をがっしりとつかまれた。


「大丈夫だ、万事俺に任せてくれ」


 断られたというのに、春堅はあっけらかんと笑ってそう言った。どういうことだろう?

 日は傾いて、そろそろ本当に帰らないといけなくなった。侍女たちに騒がれるのはまずい。


「私、もう帰らないと」

「うん、待っててくれ」


 私は大急ぎで後宮にある部屋まで戻ったが、心配していたように侍女たちはまだ戻っていないのを確認した。

 力が抜けるように椅子に座り込むと、一つ大事なことを思い出した。


「宮殿の話、聞くの忘れた……」