「……ん…」

 ロカルドへの復讐を終えて、扉の外で待っていたルシウスに捕まってから何分が経ったのか。おそらく数分程度だと思うけれど、褒美という名目で求められた口付けはやけに長ったらしく、私は我慢ならずに彼のシャツを引っ張った。

「…っはぁ……殺す気?」

 酸素を肺に取り込みながら、ゆるく微笑むルシウスを睨み付ける。初めは小鳥のような口付けだと思っていたそれは、どんどん深くなって、気付いた時には舌の侵入を許していた。

 こんなことを恋人たちは毎度繰り返しているのだろうか。どうして?ぜんぜん気持ち良くなんかないし、なんだか苦しいだけだと思う。

「ごめん、本当に初めてだったんだね」
「私の言葉を信じてよ」
「そろそろ行くよ。ロカルドが待ってる」
「彼、結構普通に喋ってたんだけど…」
「あれ?サラマンダー効果はなかったのかな」
「適当ね……ルシウス、口紅が付いているわ」

 私はルシウスの唇に付いた赤い紅を、自分のブラウスの袖で拭った。驚いたように碧色の瞳が少し大きくなる。

「ありがとう、シーア」
「また経過を後日教えてね」
「そのことだけど…」
「?」
「君は暫くの間、身を隠した方がいいと思う。ロカルドは絶対に君の家を訪れるはずだ。あんな目に遭って泣き寝入りするような男じゃない」
「でも、どうしたら…!」

 私はロカルドに復讐することばかり考えていて、その後のことをさっぱり想像していなかった。

 確かに、ルシウスに助けられた彼は先ず私に話を付けようとするだろう。姉たちの入れ知恵とはいえ、証拠写真まで撮ったのだ。恥ずかしめを受けた上にその醜態が残っているなんて、彼のプライドからしたら許せないはず。

「エバートンの別荘に招待する。南の方に借りてる屋敷があってね、この時期は海で泳ぐことも出来るし、快適だよ。君の世話をする使用人も用意する」
「学校は?」
「幸い来週から夏休みだろう。問題ないよ」
「私の家の侍女を連れて行っても良い…?」
「もちろん。悪いが帰って急いで準備してくれ。ロカルドを送り届けたら、すぐに君の家へ向かう」
「分かったわ」

 私は転がるように地上へ駆け上がって、植物園の中を走り抜けた。広い通りに出ると手を上げてタクシーに飛び乗る。

 カプレット家の住所を告げながら、用意する荷物について頭の中で考えた。ステファニーはどうしても連れて行きたい。まだルシウスを信じ切れていない以上、私が一人で彼の別荘へ行くことは不安だ。

 安心して自分のベッドで眠るまで、どれぐらいの時間が掛かるのだろう。そもそもはロカルドの浮気が原因なのだから、婚約破棄を受け入れてくれたら、すべては穏便に済むと思うのだけれど。


(身を隠すなんて…こっちが悪いことしてるみたい)

 窓の外を流れて行く景色を目で追いながら、疲れた身体をシートに沈めた。どうやら今日は姉たちに詳細を話す時間も無さそうだ。