「人のことを、誰なのか思い出せないと思う。僕のことも、きっと曖昧だろう?」
眠る時、私は何を考えて眠ったのだろう。もう、3ヶ月も前に目を瞑ったなんて。
この医者も、どういう経緯でここにいるのかも、なにひとつとして思い出せない。だが、曖昧だった記憶が、あの頭痛以降、少しだけ思い出せたような気がした。
「とりあえず、言いたいことがある」
医者は、大きな手で私の手を包み込んだ。その手は、とても温かい。目を合わせられない私に、何も言わず、温かく包んでくれた。
「起きてくれて、よかった…」
若い医者の左手の薬指が、キラリと光った。
「…っ先生、」
「なんだい?」
「結婚したんですか。なかった、ですよね」
薬指にある綺麗な指輪に目を向ける。すると医者は、目を丸くしてから、笑った。
「僕のこととか、なんでここにいるのかとか、もしかして覚えてる?」
「顔を見たら、思い出せてきて。いつ起きるかわからない、私の病気が、長いスリーブ状態に入るから、この病院に入院してきて…」
「すごいね、3ヶ月も前のことを」
医者は、感心したように肩をすくめた。「実はね、」と照れ臭そうに医者は続ける。
「その結婚相手っていうのが、君と同じ病気を患った患者の人でして」
「えっ!?ッげほげほげほ…」
思わず、驚いた声が出てしまった。そのせいで咳がまた出てきた。


