靄のようなものができて、顔だけが見えない。魚も海草すらない水の中を、ただ、沈んでいた。手で何かを掴もうとしても、水はただ、空を切っていく。
「もうすぐ」
ふふ、と誰かは笑う。
「一緒に、もっと溺れていける」
私は首を横に振った。
「もっと、溺れていこう。なんで首振るの」
優しい声で、誰かは問いた。
「足掻いても足掻いても、どうせ沈んでいくなら、死んでると一緒。これからも、また、夜を嫌って、朝を嫌うことになるくせに」
私はただ、首を振った。
「目が覚めたら、おばあちゃんになってるかもしれない。誰の記憶からも、消し去れて覚えてないかもしれない」
沈んでいく、まっ暗闇の海。まるでそれは、あの時見た、朝焼け前の真夜中みたい。
世界が深海に包まれているみたいだ。
いや、深海が、世界に包まれている。
「私は……っ」
息ができない。もっともっと、苦しくなる。
嫌だ、やめて。辛い、苦しい。どうして私は、こんなにも踠いているのに生きるのか。夜も、朝も、私は大嫌いなのに。
でも、でも……
「夜も朝も、大好きで……っこの世界が、大好き……」
矛盾ばっかだ。答えにもなってない。
それでも、いい。
私は、この世界の空が好きだ。夜と朝の、奇跡と尊さと、美しさを、教えてもらった。
互いの距離もわからないが、その誰かの手を掴もうと手を伸ばそうとした。その瞬間、視界いっぱいに、水が弾けた衝撃があった。
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