まどろみ3秒前


靄のようなものができて、顔だけが見えない。魚も海草すらない水の中を、ただ、沈んでいた。手で何かを掴もうとしても、水はただ、空を切っていく。


「もうすぐ」


ふふ、と誰かは笑う。


「一緒に、もっと溺れていける」


私は首を横に振った。


「もっと、溺れていこう。なんで首振るの」


優しい声で、誰かは問いた。


「足掻いても足掻いても、どうせ沈んでいくなら、死んでると一緒。これからも、また、夜を嫌って、朝を嫌うことになるくせに」


私はただ、首を振った。


「目が覚めたら、おばあちゃんになってるかもしれない。誰の記憶からも、消し去れて覚えてないかもしれない」


沈んでいく、まっ暗闇の海。まるでそれは、あの時見た、朝焼け前の真夜中みたい。


世界が深海に包まれているみたいだ。

いや、深海が、世界に包まれている。


「私は……っ」


息ができない。もっともっと、苦しくなる。

嫌だ、やめて。辛い、苦しい。どうして私は、こんなにも踠いているのに生きるのか。夜も、朝も、私は大嫌いなのに。


でも、でも……


「夜も朝も、大好きで……っこの世界が、大好き……」


矛盾ばっかだ。答えにもなってない。

それでも、いい。

私は、この世界の空が好きだ。夜と朝の、奇跡と尊さと、美しさを、教えてもらった。


互いの距離もわからないが、その誰かの手を掴もうと手を伸ばそうとした。その瞬間、視界いっぱいに、水が弾けた衝撃があった。