まどろみ3秒前


「綺麗なのは、翠さんでしょ?」

「え?」

「どの桜よりも空よりも、綺麗ごと言って自分納得しようとしてる俺よりも……翠さんが、この世界でいちばん綺麗なんだけど」


朝くんは、うっとりとしたため息を吐く。


「あーほんと笑える。人を想う気持ちも言葉に表せない?なにそれ、俺のこと想ってるみたいになってるから、」

「それ、は…」

「ふふ。なに困ってんの?」


ほら、と差し出された手。私は、それを握ってもいい、分際なんだろうか。


「あれ、いつもはすんなり握ってくれんのに」

「…ねぇ、朝くん」

「なに」


私は、空を見上げる。


「桜が、空が綺麗なのは、」


私は、一回り大きい朝くんの手を、ぎゅっと包み込むように握りしめる。

後にわかったことだが、それは、無自覚な内に、恋人繋ぎになっていたらしい。


「誰かを、想ってるからなのかもね」


私を見た朝くんは、驚いたように目を開けてから、すん、と下を向いた。髪で、目が見えなくなる。


「………そんなことないでしょ」








誰かを想うだけで、桜の見方も変わる。

私の病気もそうなのかもしれない。

誰かを想い、誰かを求めれば、王子様が、落ちた眠りから救ってくれるかもしれない。


―私は、もうすぐ長いスリープ状態に入る。

予想される時間は、約262400時間。3年間。


時は流れ、止まってくれない。

それでも、いい。


そう言い聞かせていたが、やはり私の心は、そう簡単に安心してくれるわけでもなく、押し潰れそうなくらいに不安だった。