「綺麗なのは、翠さんでしょ?」
「え?」
「どの桜よりも空よりも、綺麗ごと言って自分納得しようとしてる俺よりも……翠さんが、この世界でいちばん綺麗なんだけど」
朝くんは、うっとりとしたため息を吐く。
「あーほんと笑える。人を想う気持ちも言葉に表せない?なにそれ、俺のこと想ってるみたいになってるから、」
「それ、は…」
「ふふ。なに困ってんの?」
ほら、と差し出された手。私は、それを握ってもいい、分際なんだろうか。
「あれ、いつもはすんなり握ってくれんのに」
「…ねぇ、朝くん」
「なに」
私は、空を見上げる。
「桜が、空が綺麗なのは、」
私は、一回り大きい朝くんの手を、ぎゅっと包み込むように握りしめる。
後にわかったことだが、それは、無自覚な内に、恋人繋ぎになっていたらしい。
「誰かを、想ってるからなのかもね」
私を見た朝くんは、驚いたように目を開けてから、すん、と下を向いた。髪で、目が見えなくなる。
「………そんなことないでしょ」
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誰かを想うだけで、桜の見方も変わる。
私の病気もそうなのかもしれない。
誰かを想い、誰かを求めれば、王子様が、落ちた眠りから救ってくれるかもしれない。
―私は、もうすぐ長いスリープ状態に入る。
予想される時間は、約262400時間。3年間。
時は流れ、止まってくれない。
それでも、いい。
そう言い聞かせていたが、やはり私の心は、そう簡単に安心してくれるわけでもなく、押し潰れそうなくらいに不安だった。


