「よし、送っといた。俺を忘れたときは、これ見て思い出すこと。わかった?」
「…わかった、うん」
思わず曖昧に頷いてしまった私は、もう一度うんと頷いた。
「大丈夫大丈夫。何も考えずに、ゆっくり眠ったらいい。忘れても、また俺のことを思い出してくれたら、それでいいんだから」
よしよし、と頭を撫でられる。頭を撫でられる温かな感覚を思い出した。
「翠さんどっか行きたいとこ、ある?」
「…いや、別に、ないけど」
場所を指定してきたから、てっきり朝くんがどこへ行くのか決めてると思っていた。
「カラオケでも行く?」
「え、やだ、嫌だです」
「ふうん?どうでもよかった翠さんも、ちゃんと否定するようになって。えらいえらい」
「…ひど、変わらない上から目線」
ボソッと言ったのに、耳がいいのか聞こえていたらしい朝くんは、優しく笑っていた。
風が吹いた。
桜の花が私の髪に付いたらしい。朝くんが手を伸ばして、ピンク色の桜を取ってくれた。
桜の花弁を無表情でじっと見つめ、手に持つ朝くんが、ただただ、綺麗だった。
どこか、胸が痛い。心臓がぎゅっと何かに潰されたように、鼓動が速まる。
「人のために生きたら、私の目に映る世界も、いつか、美しくなるものなのかな」
桜の木の下で、バカみたいに呟いた。


