風に吹かれ、桜吹雪に見舞われる。
公園の床は桜色に染まり、まるで桜のカーペットのようだった。
桜を見る会、というのがあるらしく、老人たちがお花見をしていた。その隣で、ポツリとただ桜を眺めている私は変な奴かもしれないが、そんなことはどうでもよかった。
「すごいな…」
時間感覚を失ったからなのかもしれない。
自覚もなにも、悲しさも怒りもなくなった。感情がなくなったわけじゃない。
ただ、別に、起きた今を精一杯に生きれば、私には十分に思えた。そう、思えたのも…
「翠さん、おはよ」
「おはよう、朝くん」
黒髪が揺れる。私を見た瞬間、朝くんはまるで風に揺れる桜のように優しく笑った。
今日、いや正確には私が眠っていた4日前に。いつもは朝くんの部屋で勉強だったのに、待ち合わせ場所を指定した、メッセージが届いていた。
起きた連絡をし、待ち合わせ場所に急いだ私の先には、久しぶりに見る朝くんがいた。
目を合わせないようにしていたが、私の目の前に顔を付き出してきた。
「あー、また涙目」
「…っごめんなさい」
「え、なにが」
「……また、朝くんのことだけ忘れてた」
そう。私は気付いたのだ。長く眠ることで失う記憶は、朝くんのことだけだったことを。
酷いときは名前も顔も、誰だったのかも、頭の中から忘れていた。顔や名前を見た瞬間、ちゃんと蘇るように思い出すのだが。