「…朝起きたら、朝くんのこと記憶になくて、忘れてた。1週間も寝てたから、ちょっと記憶が曖昧になることがあって、さ」
「…」
「朝くんは、待ってて、くれたのにね。…私って、ほんと最低な奴だ」
やっぱり、笑えなかった。口角が上がらない。
するとゆっくりと、彼の抱き締めていた力を抜けた。
朝くんの顔を覗くと、とても赤く目がうるうると潤んでいた。まるで、か弱い子猫のようで私の方から抱き締めたくなるほどだった。
「…え、俺のこと、覚えてない?」
「いやいや、ごめん、忘れてて、ごめん。でも、ちゃんと思い出したから。思い出せてよかった。朝っていう、すっごく素敵な名前」
私は、優しく朝くんに笑いかけた。そんな私を見て、彼は、安心したように笑っていた。
「…ごめんより、よかったは?起きれてよかった、でしょ?謝んないで」
「うん、ごめん…よかった、よかった」
「あーあ…真っ正面で、泣き顔見られた」
私と出会ったあの橋の時よりも、空虚だった彼の目には光が満ちているように見えた。
「なんでこのバス停、連れてきたかわかる?」
朝くんは、軽い足取りでベンチに座り込んだ。バス停は、屋根とベンチだけがある。天井は今にも壊れそうで、錆び割れていた。
バス停からは、川の景色がよく見えていた。きっと晴れていれば、眺めがよかっただろうに、今日は、あいにくの雨だった。
「…わからない。なに」
「ここは、俺の秘密基地だから。全面開放スタイルのだけど」
「…なに全面開放スタイルって」
私が小さくツッコミをいれると、彼は「あ、笑ってくれた」なんて嬉しそうだった。
私は、朝くんの隣に腰を下ろして座った。


