しばらく歩くと、道路にはみ出た木々が見えてきた。私は小走りでその公園へ入った。


―そこには、黒い傘をさした誰かがいた。


思わず、何かの身震いで手で支えていた傘を落としてしまった。

雨に打たれ、浄化されていくように体が濡れていく。雨に打たれる感覚を思い出した。


「おはよ、翠さん」

「…っおはよう」


公園の時計は、既に夕方の7時を回っていた。

こんな時間帯におはようを交わすのは、きっと、私たちだけ。

黒い傘をさした誰かは、私に傘を傾けてくれた。黒い傘に跳ねる雨の音がする。その音は、今まで聞いたどの音よりも、好きだった。

私に傾けてくれているせいで、彼は、雨に打たれ濡れてしまっている。私は、彼の背中を押して、傘のなかに入れさせた。


「一緒に、入ろう。一緒に」


1つ傘の下で、私と朝くんは、しばらくぼーっと互いの目を見つめあっていた。

彼の目には、今この瞬間を生きる、吐くほど嫌いな自分が映っていた。


「……無理さしてもいい?」


伝えたいことは、私も彼も沢山あるだろうに、彼はそうとだけ言った。


「俺は余裕だけど、多分、翠さんには無理させちゃうと思う。…だけど、いい?」


私はこくんと頷いた。


「ん、ありがと」


近くで頭を撫でられて少し顔を引いたが、私は、またこくんと頷いた。