月ノ瀬との出会いは今でも忘れられない出来事の一つだ。

 晴れて高校生になった初日。入学式もホームルームも滞り無く終わり、早々に教室を出て帰ろうとした矢先に教室の誰かから呼び止められる。
「ねぇ。君」
 廊下に一歩踏み出した足を止めて、名前こそ呼ばれなかったものの明らかに僕へ向けられた声に振り返る。その瞬間から僕はもう目を奪われていた。
 この高校の制服は、カラスのように黒い。一応、薄くチェックが入っているものの、それはあまりにも薄くて遠目からでなくともほとんど分からなかった。故に、この高校では真っ黒な制服から外さないように新入生のほとんどが黒のタイツをはくのがセオリーになっていた。もしくはそれに准じた暗い色。変わっていても白くらいなものだった。
 しかし、その女子は黄色のタイツを履いていた。
 そんなケミカルな組み合わせも目を引くが、そのセンスに似合わない絹のように真っ直ぐな黒髪や、涼やかで端正な顔立ちの方が際立っていた。それがまるで「作り物」のような違和感を与えていて、何だかそこに居るだけで現実と不釣り合いに見えてしまう。
 ただ、僕がそんな彼女の異彩を放った雰囲気に気付いたのは、その場でしばらく話した後の事だった。
 僕は月ノ瀬にミステリー研究会を作ろうと誘われているそのほとんどの間、彼女の瞳に目を奪われていた。
 瞳を輝かせて、やたらと積極的に誘ってくる月ノ瀬に、二つ返事と言う訳ではなかったものの、僕は結局それを承諾してしまった。
 そうして会員が二人になったミステリー研究会は、その後、会員が増える事はなかった。 月ノ瀬は僕を誘った後、他に会員を募ろうとしなかった。
 おかげで、今の化学準備室があてがわれて、僕たちの研究活動が始まった後でもあんまり「会」らしい活動はしていない。
「だって他にミステリアスな人いないんだもん」
 僕が他に会員を募らないのかと聞いて、返って来た答えがこれだった。
 全く、勘が良いと言うか、嗅覚が優れていると言うか。この時から詰めが甘いのは変わらないけど、月ノ瀬のそれは正しく天性のものだった。僕は月ノ瀬のそんな所にも興味を持っていた。
 それに月ノ瀬は見た目通り、行動力があった。僕なんかよりずっと。
 気になる事件を探しては現場に行って、殺す側殺される側、その動機や背景など様々な事柄をその類い稀な勘や嗅覚、想像力を働かせて物語を象る。そんなピクニック気分で事件現場へと足を運ぶ彼女に付き合うのがこのミステリー研究会の主な活動だった。
 まるでテーマパークにでも来たかのように、月ノ瀬が楽しそうにはしゃぐその場所のほとんどが殺人事件現場だったのが気になる所だったけれど、彼女にとっては「謎」よりも「死」もっと言えば「殺す、殺される」の方がよっぽど大事なのだと気付いてからはそこまで気にする事もなくなった。
 それに、端から見れば異常な死への執着心だったろうけど、僕は過去の事件から彼女が結局は臆病者だと言う事を知っていた。
 火事は対岸だから楽しいのだ。ただ、月ノ瀬はそれに出来るだけ近づこうとする。でも、僕のようにその中へ飛び込もうとはしない。ギリギリまで近づいて、そこに火があるのを感じたくて触れようとするだけであって、本当に火が目に見える形で襲いかかって来たら彼女は誰よりも「生」に執着した。僕はそれを実際にこの目で見た事がある。だから知っていた。彼女が自分でも分かっていない事を。

 ――――彼女が本当に感じたいのは「生」なのだと言う事を僕は知っていた。