夜が入り込んでいる真っ暗な部屋で電話をかける。
「……もしもし?」
「あ、月ノ瀬? もう犯人死んだから明日から学校おいでよ」
「うそ! なんで? ……まさか。やっぱり亜希君何か企んでたんでしょ?」
「違うよ。たまたまだ。まぁ明日話すからさ。放課後にでも」
「え? 本当? やった! じゃー明日ねー!」
 声が明るくなった途端に電話は一方的に切られてしまった。まぁ月ノ瀬らしいけど。
 僕は携帯を机に置いて引き出しを開ける。
 月明かりに「それ」を照らすと僕と視線が交わった。
 抉りとった牧原紫の「眼球」少し傷がついてしまったけど、化学準備室から失敬したホルマリンのおかげで何とかこうして保存する事ができた。
 僕はその眼球が視線を外す度に、何度も揺らして僕の方へ向けさせる。
 もう、牧原紫は居ない。
 だけど、あの日、初めて見た時から僕の心を掴んで離さなかったこの牧原紫の瞳だけは何とか手中に収められた。
 いつかは僕の物にしようと思っていただけに今回は途方も無いくらい落ち込んだ。
 先を越されたせいで大切な「宝石」に傷をつけられてしまった。
 次は絶対にこんなミスはしない。あの目は僕の物だ。


 ――――初めて声を掛けられて振り向いたその瞬間から、僕は一時も忘れた事が無い。
 いつだって、どこにいたってあの目が僕の頭の中を支配している。
 僕の目を真っ直ぐ射抜いた月ノ瀬緑のあの瞳に、息を呑んだ。
 きっとこの先、二度とこんな「宝石」には出会えないだろうと思った。
 彼女は僕を見てくれている。だから僕は全力で彼女を守る。彼女の瞳を守る。
 でも、もしその瞳が他の誰かを映してしまうのなら……
 考えただけで気が狂いそうになる。
 いや、きっともう狂ってしまっている。彼女と出会ってしまったあの日から僕はもう……。


 本当にこの町はどこかおかしい。この町に居る僕が言えた事じゃないけれど。
「……ごめんね」
 牧原紫の眼球を引き出しにしまった。謝罪と別れの意を込めた一言を添えて。
 満月は片目で僕を見つめていた。
 僕は深い溜め息をついて、制服のポケットに入れっぱなしにしていた白い封筒をクシャクシャに丸めてゴミ箱へ放った。