【短】夕陽の記憶

「その日は予定ある。渡したいなら他を当たってくれ」


彼の冷たい態度は周りを凍らせた。私も一瞬身動きが取れなった。


あんなに低い声で話す樋口くんは見たことがない。


別人ではないかと疑うほどだ。


周りの何人かは樋口くんの冷たい態度に驚いてその場を後にしたが、最初に話しかけていた彼女だけは離れようとしなかった。


私は少し離れたところに樋口くんと話すタイミングを伺うことにした。


とてもじゃないけど、すぐには行けそうにない。


「予定って図書館?ならあたしも行っていい?バレンタインはテスト日だから一緒に見直ししたいな」


「関係ないだろ。それに見直しなら一人でも出来る」


早くこの場を離れたいという彼の気持ちを察することなく、彼女は言葉を続ける。


次第に苛立ちを露わにするようになった樋口くん。私は初めて彼が怒りを表に出しているのを見た。


私に話しかけてくる樋口くんはいつも優しい口調で、話している内に心地よくなっていた。


本当に女の子が苦手なんだ。私に対して強い口調で話すことがなかったからいまだに信じられない。


「バレンタイン、絶対渡すから!!」


突如大声をあげた女の子に驚いてハッと目を見開くと樋口くんがその場から離れようとしていた。


彼女の声に反応することなく廊下を歩く彼の背中は「俺に近寄るな」と最後の警告をしているように感じた。