俺には父親が居ない。俺が出来たと聞いて逃げたらしい。母親も父親が好きだっただけであり、別に子供が欲しいから結婚した訳じゃ無かった。
俺はずっと恵まれなかった。母親には奴隷のように扱われ、ろくな生活を送れなかった。
窓からキャッキャと同年代の子供達が遊んでいるのを只々見ているだけだった。
殴られる事も多々あった。母親の機嫌をとるために頼まれてもない家事をして、逆に怒られた。「勝手なことをするな」と。
戸籍は一応あったから、小学校には通えた。でもいつも殴られて怒鳴られる俺は言葉なんてほんのひと握りしか知らなかった。ランドセルは高いから、教科書は手で抱えて持って行った。数だって数えれなかった。美容院に行くお金も無かったため、髪は工作バサミで適当に切っておいた。服も二着しかなかった。
先生達は心配した。いくら俺の家に電話しても繋がらないし、日に日に俺の痣や傷は増えていくし、授業参観、個人懇談、PTAにも一切顔を出したことは無かった。
学校に行くと傷を確かめられるし、「大丈夫か?何かやられてないか?」としつこく心配された。
でも俺は、この生活が普通だと思っていた。殴られるのが当たり前だと思っていた。
幼稚園の存在だって知らなかった。知ったのは小学校高学年のときだった。
高学年にもなると、食べる量も増えていく為いつも空腹だった。
栄養失調で周りよりも背が低かった。力も体力も、全てが皆よりも下だった。
母親は風俗を始めていた。俺に隠れて借金をしていたのだ。その借金返済の為に身体を売った。
いつも知らない男の下でアンアン鳴いて、いつも俺の前で怒鳴って、この女は本当に鳴いてばかりだった。
中学にもなると反抗心が芽生えた。何でこんなことをやらなきゃいけないのかと思い始めた。
今までの当たり前が、他にとっては当たり前じゃないと気付いた。俺は、グレてやろう。そう思った。
家からありったけの金をかっさらって家を出た。
人生で始めて美容院に行って伸びきった髪を切り、金髪に染めてもらった。
それからは行く宛が無かったため、公園で野宿しようとした。でも警察に見つかった。
交番に連れて行かれ名前、年齢、住所などを聞かれる。でも俺は意地でも答えなかった。家に帰りたくなかったからだ。
すると警察官も違和感に気付いたのか、服をめくられた。無数の傷や痣を見て、言葉を失っていた。
その後、俺は孤児院に引き取られた。母親は幼児虐待の罪で逮捕された。
そうして今は里親と一緒に暮らしている。


「そんな…」
「驚いただろ?」
私は言葉を失った。龍真にそんな過去があったなんて知る由もなかった。
そう考えれば、いつもうざいと思っていたお母さんも、やけに干渉してくるお父さんも、傍に居るだけで幸せなのだと思った。
「今の親は優しい人達だよ。だから今はもう幸せ」
そう言って龍真は微笑んだ。