Dying music 〜音楽を染め上げろ〜








音楽漬けの日々は楽しかった。

ただ、苦しかったのは孤独になったこと。







――「ありゃバケモンだ。」






中学生になると、だんだんと周りの僕を見る目が変わったんだ。



周りよりも上手くなり過ぎた。

どんどん上手くなる。

子供が弾けないような曲をオリジナルで弾く。

耳がよかったから1回聞いただけである程度音が取れるようになる。

即興で合わせられる。

それを気持ち悪いと言われた。



そうすると今まで構ってくれていた人が離れていった。







―「やっぱり俺らあの子とは無理です。」

ー「夏樹が何かしたのか?」

ー「いや、夏樹ちゃんは全然悪くなくて……。」

ー「じゃあどうして、」

ー「レベルが違うんですよ。」

ー「あの子は俺らが弾けないようなものばかりする。」

ー「上手すぎて怖いくらいなんです。」

ー「中学生相手にするとこっちが気使っちゃって演奏がばらけるんです。」

ー「長澤さんには申し訳ないけれど、やっていけません。」








―「見ろよあのガキ、長澤さんの一番弟子の。」

ー「バケモノみたいなギター弾く奴だろ?」

ー「あれってマジで弾いてんのか?裏で音流してるとかじゃねぇの?w」

ー「そうなんじゃね?だって中学生であんなの弾ける方がおかしいぜ。」

ー「大体ガキのくせしてステージ立ちすぎなんだよ。」

ー「おこちゃまは大人にステージ譲れってな」

ー「今度他の奴ら呼んで一斉ブーイングしてやろうぜw」
















音楽好きだった師匠の弟子なだけだった子供が、

一人のギタリストとして頭角を現してきたから。

数年前の可愛らしさが消えていくから。

一緒にやらせてもらっていたバンドからも外れた。






そのあと、色々な人とセッションやステージに立つ機会もあったのだが上手くいかない。まとまらないし、一人だけ浮いた状態になる。大人たちよりも僕の方が上だったから陰口言われることもあった。

僕もまだ幼かったから知らないうちに気に障るようなことも言ってしまったかもしれない。それでも悲しかった。せっかく同じ舞台に上がれたと思ったのに。



そこからほとんど誰も寄り付かなくなった。



幸い、Cyanとしての活動は軌道に乗り始めていた。おさがりではあるがパソコンを貰ったためできることが格段に増えた。


そのことも相まって少しずつ再生回数も増え、この頃に投稿したオリジナル曲が初めて150万回再生を超えた。中学生が作詞作曲したということもあり注目された。


何を言われても人の意見になんか負けない。僕は僕の音楽をすればいいんだって思ってステージにも立ち続けた。