毎日の練習の成果もあってかギターは順調に伸びて、バンドマンさんと対等にセッションできるくらいにはなった。だが、弾き語りや歌唱はまだまだ。まず、歌いながら弾くことに慣れないといけなかった。2つのことを同時にする、弾き語りはギターに慣れるよりも時間がかかったかもしれない。
「今の夏樹に足りていないことがある。」
ステージのあと師匠に言われた。
「感情だ。」
「お前、曲の中の歌詞の意味を考えたことがあるか?」
「ないです。」
「夏樹は音程や裏声の使い方は少しずつ上達している。そこにもう一つ、加える。歌うとき、弾くときに喜怒哀楽の感情を乗せるんだ。」
今まではシンガーさんの真似をして歌っていたから歌詞の意味なんて考えたこともなかった。
音程を正確に捉えることも大切だが、意味を伝えるということも重要。ただ音程が合っているだけではロボット状態だ。
そのときの俺はまさにその状態で、正確に歌い上げなければ、という気持ちの方が強かった。
「音楽には人の心を動かす力がある。人の考え方や気持ちを変えることができる。支えることができる。救うことができる。」
人の心を動かす力…。
そこから歌詞の意味を考えながら歌うようになった。
「嬉しい」って一言にも何で嬉しいのかな?この人にはどんなことが起きたのかな?って想像する。失恋の歌を歌うときは恋の懐かしさ、その時の楽しさを思い出すような感情で。どうしてこの2人は別れたんだろう、どっちが振ったんだろう。そんな細かい部分も思い浮かべた。
ギター始めて既に3年半。
Midnightでも顔が知られるようになってきた。弾き語りも安定してきて拍手も多くもらえた。上手かったよ、今度一緒に弾こうねって言われることが嬉しかった。その頃、
「なぁナツ、今度この曲弾いてくれないか?」
客がスマホから音源を流した。聞こえてきたのは、
「この曲なんですか?」
アップテンポで独特なリズム。速い。歌っているのは…人間じゃない。機械みたいな音がする。
「これはな、ボカロっていうんだ。歌っているのは機械なんだよ。」
ボカロ…?CMで流れているような曲じゃない。うわ、このガチャガチャって音何?高低差が激しい。こんな高音、誰が出るんだ?初めての感覚、サウンドに心を奪われた。
「こっちは何ですか?」
原曲の下に出てきた動画を指さす。
「これは原曲を歌い手さんがカバーしたもの。ほら、ココにcoverって書いてあるだろ。」
「歌い手?歌手じゃなくて?」
「どちらも歌を歌う人ってことは一緒なんだけれど、活動形態に違いがあるかな。」
その人曰く、「歌手」はライブやCD、公演を舞台にしている。「歌い手」はインターネット上の動画サイトでコミュニティに向けて歌を届ける人、と言われた。曲を作って投稿するボカロプロデューサー、略してボカロP、それをカバーする歌い手、音源を聞きやすいように調整するMIX師、イラストを提供する絵師。多くの人が関わって一つの作品ができる。その時はまだ歌い手って地上波で取り上げられることがほぼなかったから、僕にとっては不思議な境地だった。
そこからネット界隈、とりわけ歌い手に興味を持った。テレビとかでは歌われない、ダークな曲や少し歌詞が過激な曲、みんな自由に投稿する。もちろん、原曲も大好きだ。ただ、歌い手さんのcoverは歌う人によってアレンジがあったり、キーが異なっていたりと色々な人がいたから面白いんだ。
特にサクトさん。作る曲が中毒性抜群で耳から離れない。この人の表現力は段違いだ。息遣いからブレス、優しい声からかっこいい声まで変幻自在。違うテイストの曲を見事なまでに歌う。師匠の言っていた「感情」を乗せるってこういうことかと納得した。
あるとき思った。
誰もがクリエイターに、表現者になることができるネット世界。
…ここなら、たくさんの人に聞いてもらえるんじゃないか。
ステージに立って歌うこともできる。
でも、ネットを介した方が老若男女問わず、日本人以外のたくさんの人に聞いてもらえる…。
「師匠、僕、歌い手の活動を始めたい。」
