夏。開け放たれた音楽室の窓からピアノの音が軽やかに躍り出ていく。誰かがモーツァルトを弾いているみたいだった。

空。できたてホヤホヤの真っ白なひこうき雲が、数学の授業で使うものさしみたいに、ぐんと真っ直ぐに伸びている。まるで水彩画のように滲んだ青空を分つように。

私。土曜の部活帰り。自分の背丈くらいあるギターケースをひとつ背負って、駐輪場へ向かって歩いている。

君。君はいつもみたいに駐輪場の木陰にあるベンチで、白いイヤホンで何か聴きながら、すぐ目の前にある自動販売機で売っているアップルジュースを飲んでいたね。

少し目にかかった君の前髪が風に揺れる。君…じゃなくて、ショウタ…か。つい最近そう呼ぶようになったばかりだから、なんだか慣れない感じ。

「ショウタ…君」

と、まだ君付けをしてしまう私の声に、空を見上げていた彼はすぐに反応し、前髪の間から見える綺麗な茶色い瞳はこちらを向いた。

「それ、何聴いてるの?」

私は笑顔で尋ねた。私はこういう時の自分の笑顔があんまり好きじゃないかもしれない。どうしてもいつも作ったようになってしまうから。

 ショウタは何も言わずイヤホンを外すと、それを私の手のひらに優しく乗せた。

 聴いてみなよ、ということか。