斉藤さんの顔をぼんやりと見ながら、


「小川さんの住所を教えていただけませんか」 


 その言葉が出てきたのはすぐだった。


 言ってからはっとしたけれど、俺はそのまま斉藤さんの顔をじっと見続けた。


 一瞬、何を言ってるんだという表情になった斉藤さんもまた、俺の目をじっと見ている。


 いきなり住所を教えてくれなんて、いくら小川さんと待ち合わせて食事に行った事があるとはいえ、突然口に出す台詞ではないだろう。


 取り繕うように言葉を続けた。


「お見舞いに行きたいんです。その…俺も風邪で寝込んだ時、小川さんに来てもらったことがあって」


 それがここで勝手に調べられたからだということは言わなかった。


 言ったら良い結果になるはずが無いということくらい、いくら俺でも分かっている。


 斉藤さんは値踏みするように俺の事をしばらく見続けた。


 目を逸らしたら負けのような気がして、俺も眼鏡の奥の小さな瞳を見返していた。


 やがて先に視線を外した斉藤さんは、机の引き出しを開けて


「これ、届けてもらえますか」


 言いながら紙袋をカウンターにのせた。


「家内に職場の女の子が長く風邪をひいてる事を話したらこれが効くから持っていってあげてと言われてね。
当の本人が休んでしまったからどうしようかと思っていたんですよ。
これを届けてくれるなら」


 カウンターに乗せられた紙袋には、薬なのか漢方なのかよく分からないけれど、それっぽい名前が書かれている。


 その袋と、メモ用紙にボールペンを走らせる斉藤さんを交互に眺めていると、


「ここですから」


 書き終わったそれを差し出された。


 達筆な文字は、アパート名と住所を記している。


「小川が話していた人ですからね。信用していますよ。お願いしますね」


 厳しい目を向けて机に戻ってしまった斉藤さんの姿に


「ありがとうございます。ちゃんと届けます」


 俺はカウンター越しに頭を下げた。


 図書館を出て電車に乗り込み、改札を出てからもしばらくの間ずっと、

 俺は自分の行動に驚いていた。