次の日の朝は雨だった。

 起き上がって直ぐに雨の匂いに気づくくらい、俺はこと雨に関して敏感になっているようだ。


 カーテンを開ききる前に彼女の顔が浮かんだ。


 もしかしたら今夜は…

 現れるかもしれない、ではなく

 会えるかもしれない、そう思った自分が不思議で仕方なかった。


 仮に今夜、彼女が歩道橋に立ったとして、俺はどうしようというのか。


「こんばんは」とでも言ってそこに向かうのか。

「この前はご馳走さまでした」とでも言って?


 考えなくても分かる。

 俺には何もできないだろう。

 歩道橋に立つ彼女をたぶん、いつものようにコンビニの窓越しに眺めるだけだ。


 あの日俺が走り出せたのは、彼女が倒れていたからにすぎないのであって、

 普通に佇む小川さんを前にして、俺にできることなど何もない。

 
 あそこに入っていくのは、きっと無理だ。

 何か理由のある、

 彼女のその場所には―――



 しとしとと降る雨をしばらく眺めてから、

 俺は夜勤に備えてもう一眠りすることにした。


 布団に入って深く息を吸い込むと、雨の匂いが肺一杯に広がった感じがする。



 久しぶりに見た小川さんの夢は、

 この前とまるっきり同じものだった。


 俺は声を掛けることさえできず、

 雨の中で凍えそうな小川さんを見ているだけだった。


 白い傘の下で彼女は、

 全く俺に気づかない。


 そしてやはり彼女は、

 誰のことも見ていなかった。