再び彼女の手から傘を受け取ろうと気づいた時には、もう駅前の明かりが見えていた。
俺は小川さんが差し出してくれた傘に守られながら、
ほとんど濡れることもなく駅に着いた。
「すみません、気が利かなくて…」
やっとその言葉が出たときには小川さんの傘は閉じられていて、
小川さんの左手の甲が寒さで赤くなっているのを見た俺はただただ恐縮するしかなかった。
「ありがとうございました」
「いえ。藤本さんが傘を届けてくれなかったら今頃私も濡れてましたから」
手の甲を摩りながら小川さんは笑っている。
「あと、ごちそうさまでした」
「お蕎麦じゃ栄養になりませんね」
「そんなことないです。久しぶりにまともな食事をしました。美味かったです」
「まともって…ちゃんと食べないとダメですよ」
「はい」
まるで親子のような会話を交わす俺達は、駅に散らばる人達にはどんな風に映っているのだろう。
そんなことを考えているうちにふと気づき、
「あの、俺はここから電車で一本ですけど、小川さんは?」
「ああ、私」
とりあえず駅まで歩いてきてしまったけれど、電車を使う俺はともかく、小川さんが駅に用がないとしたらますます申し訳ない。
ご馳走してもらった挙句に傘にまで入れてもらって、送ってもらって。
本当に情けない、と思いながら彼女の顔を見ていると、
「私も電車で一本です」
「え? 同じ場所ですか」
「そうなのかしら。私は上り線ですけど」
「あ、俺は下りです」
「それじゃあ、ここでお別れですね」
お別れ、という言葉に寂しさを感じている自分に戸惑いながら、
じゃあ、と切り出しかけてふと迷い、
「送りましょうか? その、もう暗いし」
思い切って言うと
「いえ。大丈夫です。私、これから寄るところあるし」
小川さんは少し困った顔をして微笑んだ。

