駅までの道を小川さんと並んで歩く。
夜の町からは月明かりが消えていた。
月にかかっていたもやは大きな雲になり、空ごとすっぽり包んでしまったらしい。
代わりに規則正しく並んだ住宅の窓から道端に明かりが漏れていて、
それは途切れ途切れになりながらも道しるべのように駅前へと伸びていた。
お互いの間には人ひとり分くらいのスペースが空いている。
その間で、彼女の持つ傘の足が時々コツンコツンと静かな音を立てる。
明かりの点いた窓からは夕食の匂いが僅かに漏れてきて、
無言で歩いている俺と小川さんの前を、冬の風にのって行き過ぎていった。
図書館の傍の公園に差し掛かった時、
「月、隠れちゃいましたね」
小川さんがぽつりと呟いたので彼女のほうに顔を向けると、
空を見つめていた彼女は一旦視線を地面に落としてから、軽く俺を見上げた。
街頭が薄くその顔を照らしている。
蕎麦屋では健康的に見えていた顔色も、
頼りない道端の明かりの元では影がさしていて、やはりいつものように白っぽかった。
「また雨になりそう」
「そうですね。今年の冬は雨が多いですね」
頷いた俺の言葉に
「ええ。多すぎてイヤになる」
視線を逸した小川さんは、傘を揺らしながら呟いた。
―――イヤになる
彼女の言葉に違和感を感じた。
何故だろう、と思ったけれど、
すぐにあの歩道橋の姿が浮かんだ。
雨の日に現われる彼女。
好んで雨の日を選んでいるとしか思えない行動。
なのにその本人が「イヤになる」と呟くなんて。
違和感の原因はそこだった。
隣りを歩く彼女の唇は、きゅっと堅く結ばれている。
暗くてよくわからないが、
俯いて歩く様子からその言葉に嘘はないことは伝わってくる。
―――聞いてもいいものか
俺は二人の間で揺れる傘を横目で眺めながら、
彼女の歩調に合わせてゆっくりと歩いていた。