小川さんが連れていってくれたのは、

 図書館を出て、駅とは逆方向に進んだところにある蕎麦屋だった。


 静かな住宅街を抜けて少し進み、

 歩いてきた道よりもほんの気持ち広がった程度の通り沿いにその蕎麦屋はあった。


 通りには花屋や定食屋、趣味でやっているような小さな雑貨屋なんかもあって、

 何処かで見たおもちゃの店を並べたような雰囲気が漂っていた。


 俺の住む町とは一駅しか離れていないのに、

 丁寧さというか、上品さはまるで違った町並みだった。


「何がいいかな。若いからいっぱい食べれるお店がいいかな。でも油物はまだ避けたほうがいいかな」


 少し前を歩く彼女が呟く独り言を聞きながら、

 俺は黙ってその後についていった。


 図書館よりも先の方向に来たことがなかったので、

 物珍しくきょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていると、


「病み上がりだし、軽めのほうがいいかもしれませんね」


 そう言った彼女が立ち止まった蕎麦屋の前には、

 品のいい、白いのれんがかけられていた。


 のれんを見て居酒屋のオヤジさんの顔が浮かんだ。

 あの古びた紺色ののれんと目の前のそれとはだいぶ違うのに可笑しなものだ、

 そんなことを考えながら小川さんの後に続いて中に入った。



 案内されたテーブル席で小川さんと向かい合い、

 彼女がおろし蕎麦を注文するのを見て、決め兼ねていた俺も同じものを頼んだ。


「男の人には少し足りないかな」


 運ばれてきた量を見ながら言った小川さんは、

 ぼんやり座ったままだった俺に箸を渡してくれた。


 店構え同様、上品な器に盛られた蕎麦は白い湯気をくゆらせて、香りまで品がいい。

 立ち食い蕎麦くらいしか食べたことのなかった俺には何だか新鮮だった。


 正直、出されたものを見て、足りないかも…とは思ったけれど、

 食べ終わる頃にはすっかり満足していて、

 病み上がりの胃には調度いい量だった。