20分くらいが過ぎただろうか。
通路に立ったまま一冊の本を手にとって冒頭部分に目を通していた時に、
ふといい香りがしたような気がして振り向くと、後ろに小川さんが立っていた。
驚いて「あ」と声を出すと、
小川さんは人差し指を唇の前に立てて困ったように微笑んだ。
思いのほか大きな声が出てしまったことに慌てていると、
「もう熱は下がったんですか?」
小川さんはささやくように言った。
「はい、何とか。でも二日も寝込んでしまって」
声の調子を合わせて呟くと
「え? 二日も?」
今度は俺が人差し指を立てる番だった。
慌てた小川さんは肩をすぼめてから
「その間お仕事は?」
「休みました。でもその…久しぶりの連休だったんで、逆に良かったです」
寝込んだなんて言わなければ良かったと後悔して取り繕ってみたけれど、
彼女の顔は解かりやすく曇ってしまった。
「あの、私あと30分くらいで仕事が終わるんです。待っててもらっても平気ですか?」
「え?」
「お詫びします。待っててください」
そう言った小川さんは静かにカウンターに戻っていってしまった。
その姿を見ながら俺は、持った本を抱えたままぼんやりするしかなかった。

