入口の重い扉を押し、中の自動ドアが開くと、
左手方のカウンター席の奥に斉藤さんと小川さんの姿が見えた。
後ろから見る小川さんは、いつもの図書館仕様の格好をしている。
部屋にやってきたときの彼女を思い出すと何となく顔を合わせにくい感じもしたけれど、
思い切ってカウンターの前に立った俺に、小川さんはゆっくりと顔を向けた。
一瞬眉を持ち上げて驚いた彼女はそれでもすぐに笑顔になり、
「こんにちは」
小さく呟いた。
今日の彼女は、カーディガンと同じ淡いクリーム色のブラウスを着ている。
カウンター越しに見る小川さんは、やっぱり部屋に居たときとは違って見えたけれど、
会話を交わしたもの同士の親近感というのだろうか、
利用者としてここに来ていたときに向けられていた笑顔よりも、
ほんの少しだけ、柔らかい感じがした。
「先日はありがとうございました、その…パン。ありがとうございました。あと…いつの間にか眠ってしまって。すみません」
「いえ、こちらこそ急にすみませんでした」
「あの、これ忘れ物です」
カウンター越しに傘を手渡すと、
「あ、ありがとうございます。わざわざすみません。そういえば忘れてきちゃったなって思ってたんです」
小声で話をしていたのだけれど、
書類に目を落としていた斉藤さんがちらりとこちらを見上げてやや怪訝そうな顔をしているのが分かった。
怒られる寸前の、小学生みたいな気持ちになった俺は、
「ちょっと本を見ていきます」
更に小声で言って、小川さんというよりも斉藤さんに頭をさげてから本棚の列に足を進めた。
館内には常連のおじいさんと黒人男性がいて、
やはりソファにゆったりと座りながら静かに本を読んでいた。
絵本コーナーには前とは別の親子がいて、
象の描かれたページを見ながら微笑み合っている。
いつもと変わらない風景。
落ち着いた古いインクの匂い。
保たれた一定の湿度。
緊張の解けた俺もまた、ゆっくりと本棚の間を歩いた。

