扉の向こうに立った彼女の顔は図書館に居るときと変わらす白っぽかったけれど、

 昨夜のような青白さは無くなっていて、

 代わりに薄い化粧がほどこされていた。


「えっと…」


 俺が結構な時間黙ったままでいたせいか、

 ますます困った顔になった彼女は


「これ、来る途中のお店で買ってきたんですけど……美味しいのかな」


 そう言って左手に持っていた白い箱を軽く持ち上げた。


 その箱は駅からこのアパートに続く道の途中にあるベーカリーのもので、

 圭吾と奈巳が俺の部屋に来るときに時々仕入れてくる。

 そこのパンが美味い、ということは知っていた。


「あ、美味い、です」


 やっと出た言葉はそんなものだったけれど、


「そうなんだ。良かった」


 ようやく会話に繋がったことに安心したのか、

 彼女の顔から固さが抜けるのがわかった。



 しかし、

 こんな時、どうすればいいのだろう。


 図書館と病院で顔を合わせていると言っても、

 そのときの会話はほとんど事務的なものだ。


 突然現れた彼女を前に、俺は困惑していた。


「あ、降ってきた」


 ふいに彼女が後ろを振り返ったので、

 つられるようにして俺も彼女越しの空に目をやった。


 太陽の光はすっかり雲に覆われていた。

 微かな雨音がして、まだ湿ったままの玄関先のコンクリートの上に新しい雨粒が点々と落ちている。



 まさかこのまま帰すわけにもいかないだろう。


 どうしてこんな状況が成立しているのか呑み込めないままだったけれど、

 俺は彼女に部屋に上がるように勧めた。